「どうだった? Harukaの歌声」

 マルさんが戻ってきた事に気づかないほど、熱中して聴き入っていた。
 【Haruka】のミックスリストは合計で二十曲ほどある。
 流しっぱなしのままで、音量を少しだけ下げたマルさんが私の顔を覗き込んでいる。

「人気、あったんですね……」

 慌てて頬を伝った涙を拭う。
 Harukaの、いや、夏月の声が苦しかったから――。
 助けて、そんな想いが伝わった気がして。

「でしょ、再生回数とか俺の倍だし」
「マルさんも配信やってたんですか?」
「うん現役でまだやってるし、やってくつもりだったんだけどさ」

 はあと深くため息をついたマルさんが、私にお茶のペットボトルを渡してくれた。
 マルさんは炭酸飲料を開けて、一人掛けのソファーにドスンと腰かけた。

「どっから話そうか。夏月との出会いでいい?」
「はい」

 はああと部屋の隅で観念するようなため息が聞こえ、チラリとその方向を見たら、呪いでもかけるような目でこちらを睨む夏月が目に入り、気まずくて反らした。
 とりあえず、夏月のフォローは後回しになっちゃうのは、ごめん。
 だって、夏月(あなた)に関する話を聞かなくてはいけないから。

「うちの学園って中高一貫なのは、春陽ちゃんも知ってるよね?」
「はい」

 夏月は中学受験をし、学園に入学したのを知っている。
 中高一貫だから高校受験はしなくてもいいのよ、とママに勧められたらしい。

「うちの学校って、割と運動部も文化部も有名でさ。俺は小学校のミニバス時代から、この学園で将来バスケに入るんだって入学して、まあ去年までは順風満帆に通ってたわけ」

 私の聞きたい夏月の話ではなく、マルさんの昔話のようになっているけれど、その寂しそうな横顔に静かに相づちを打ちながら聞いた。

「高一でレギュラーだったし、将来もうまいこといけば、バスケ選手とかやれんじゃねえのかなあ、なんて思っててさ。まあ、そんな甘く考えてた俺もバカだったし調子乗ってたんだよな。去年の夏、練習さぼったのも、一日くらい遊んだってレギュラーから外されるわけないって……」

 ふと目が合うとマルさんは寂しそうに笑った。

「去年の夏、クラスの何人かでプールで遊んだ帰り道にさ。一瞬、何が起きたかわかんなかったんだよ。俺の顔を覗き込む友達が、泣いてて。で、次に気づいたら今度は病院で、泣き顔の親が覗き込んでて『交通事故にあったんだ』って。どうやら、ブレーキとアクセル踏み間違えた車が歩道に乗り上げてきて、俺らの何人かを跳ね飛ばしたらしいのよ。で、中でも俺が一番重傷だったみたいで意識取り戻すまでに一週間かかったらしくて」

 参った、と笑いながらパンツの裾をまくり上げて見せてくれたマルさんの膝には大きな傷跡があった。

「もう以前のようにバスケはできないって言われてめちゃくちゃ荒れて、んなわけねえだろってリハビリ頑張りすぎて悪化して。せっかく二か月くらいで退院の予定が結局気付けば三ヶ月。丸々二学期学校に行けなくて気付けば留年、もうさ。ホント、やってらんねえって。学校辞めるかって思ってたんだよな、Harukaの歌聞くまで」

 マルさんの話の中に、Harukaの名前が登場して、少しだけ自分の背筋が伸びる。