私はどの程度の高さから落ちたのだろうか?
 あの遺体だった私のグルグル巻きの包帯や、顔半分を隠すほどの大きなガーゼから察するに損傷が激しい。ということは、相当上からだろうな。
 そう思い、石段を見上げたら、ギラついた真夏の太陽が天辺に見えた。
 今日もきっと暑いんだろうな、とは思う。
 だって春陽は汗をかいているし、蝉の声はミンミン、ジージーと入り混じって大合唱しちゃってるし、坂の上では大きく伸びた向日葵の首が水分不足でグッタリしているように傾いている。
 だけど残念ながら私にはもう、その暑いということを視覚でしか感じられない。
 エアコンを入れたら涼しいのだというのも理解できているのに、その体感がないのだ。
 名前に夏という漢字が入っていても、生まれは五月だし。
 なんの縁もない暑い夏なんか大嫌いだったくせに、感じなくなるのはちょっと悔しいかも。

「夏月、家に帰る途中だったのかな」
『どうだろ?』
 
 もし下ってたとしたならば、帰る途中だった。
 けれど上っていたとしたならば、この上に用事があったんだろう。
 発見された状態は仰向け、そのまま落ちたとしたならば、上ってる途中、つまりこの上に行こうとしてたんじゃないだろうか。
 あの夜、私が発見されるその少し前にゲリラ豪雨があった。
 雨上がりの夜空に見上げた三日月を覚えているし、上がりの独特の生ぬるさ、蒸発していくアスファルトの湿気のムワッとした感覚も覚えている。
 急な雨に降られてコンビニでビニール傘を買ったんだ、スマホの決済で。
 それも覚えているのに、違和感がある。
 今朝、念のため私の持ち物や玄関付近を春陽に調べて貰ったんだ。
 でもやっぱりなかった。
 私がいつも出掛ける時に鞄に入れて持ち歩いていた赤い折り畳み傘が、どこにもないのだ。
 発見された時もその脇にひしゃげたビニール傘は落ちていたというけれど、赤い傘のことは誰の口からも語られていない。
 一体、どこに行っちゃったんだろう?
 私のために、誰かが備えてくれた献花の前で立ちすくんだ春陽はしゃがみ込み、手を合わせてる。

『ねえ、ちょっとそこに私はいないのわかっててやってる?』
「や、こういうの見たら、やはり手くらい合わせなきゃって思うじゃない?」

 真面目な顔をする春陽は、辺りを見回して重要なものを探している様子。

「で? どこら辺りで落としたかはサッパリわからず?」
『わからず!』

 キッパリと春陽に伝えたら、眉間に皺を寄せている。

「大体、コンビニから出た後は、スマホを持ってたかは定かじゃないんだよね?」
『持ってたと思うんだよね、思うだけで、記憶にはございません』
「ふざけてないで思い出してよ! なにか心当たりとか」
「夏月の姉ちゃん?」

 突然背後からかかるその声に、私は顔をしかめた。