「おはよう、パパ」
朝十時、パパからの連絡で最寄り駅についたのを知り、いつ来るだろうかと待機していたのは、インターホンの音でママが起きてしまわないように。
二階のベランダから春陽が声をかけるとパパが気付いて手を振ってくれた。
手を振り返す春陽と共に、昨日ぶりに会うパパに手を振ってるけど絶対気づいてないのは、寂しいなあ。
「おはよう、春陽」
「待ってて、今ドア開けるから」
春陽はママを起こさぬように、静かに階段を駆け下りる。
玄関ドアを開くと両手いっぱいの荷物を持ったパパが「ただいま、でいいのかな」と苦笑いしていた。
「こっちが、春陽の着替えと、パパの着替え。ただ足りないと思うから、あとでばあちゃんが宅配便で送ってくれるって。パパの仕事道具や」
黒い仕事用リュックにはパソコンや必要最低限のものしか入ってないのだろう。
パパのお仕事は製図を引くための道具も必要だもの。
「あと、春陽も勉強するだろうからって教科書なんか送ってくれるらしいよ」
「それはいらなかった」
【勉強】というキーワードに、昨日までの非日常から【夏休みの高校生】という現実に一気に戻される気がしたのは春陽も一緒のようだ。
苦虫を潰したように、顔を歪めた。
あ、私にはもうそれはないんだったっけ。
勉強しなくてもいいんだ、この霊体になってから、初めてメリット感じちゃった。
「他に欲しいものがあれば、連絡するようにってさ」
パパはリビングを開けて、この家の主の姿を探している。
「ママは? あれから、どうだった?」
「すぐ寝たよ、今朝もご飯食べる? って起こしに行ったんだけど食べたくない、眠りたいって」
「そう」
自分の荷物を和室に入れて、パパは私の写真に手を合わせる。
しばし目をつぶって私の遺影を拝んでいたパパは、ようやくまた春陽に声をかける。
「春陽は、ちゃんと食べた?」
「うん。パパは、ご飯食べてきた?」
「新幹線の中でね」
「そっか」
「うん? どうした?」
「ママの分も朝ごはん作ったんだけどね。いらないって。だから、パパが食べてないならと思ったけど」
立ち上がったパパは、テーブルに置かれたサンドイッチに気づいて、その前に座る。
「じゃあ、パパが食べちゃおうかな。春陽のサンドイッチ、美味しいし」
「お腹いっぱいじゃないの?」
「大丈夫!」
気を遣い、食べ始めたパパにアイスコーヒーを注ぐ春陽は嬉しそうだった。
今朝早く、春陽に頼まれて一番近くのコンビニに案内した。
ママがまだ目覚めないうちにと、卵とハムとパンと牛乳と、パパが飲んでいるコーヒーを買ったのだ。
サンドイッチなら、食べやすいかなと思ったらしいんだけど、ママは首を横に振って「食べたくないの」と布団に潜ってしまった。
その時の春陽の横顔が、小さいころのさびしげな顔と重なる。
実体さえあれば、私が全部たいらげてあげるのに、とため息が出た。
「パパ、あのね? 少しだけ出かけてきてもいい?」
食事中のパパに春陽は遠慮がちに声をかける。
ママの側を離れること。
私を失った家族の元を離れること。
それに遠慮をしているのだ。
「いいよ、その代わり必ず帰ってくること」
どこに行くのか問いはせず、でもその微笑みがやっぱり娘のことを想っての寂しさを浮かべていて、私はまた後悔の念が浮かぶ。
もっとパパに甘えれば良かったなあ。
春陽に気づかれぬように唇を噛みしめた。
朝十時、パパからの連絡で最寄り駅についたのを知り、いつ来るだろうかと待機していたのは、インターホンの音でママが起きてしまわないように。
二階のベランダから春陽が声をかけるとパパが気付いて手を振ってくれた。
手を振り返す春陽と共に、昨日ぶりに会うパパに手を振ってるけど絶対気づいてないのは、寂しいなあ。
「おはよう、春陽」
「待ってて、今ドア開けるから」
春陽はママを起こさぬように、静かに階段を駆け下りる。
玄関ドアを開くと両手いっぱいの荷物を持ったパパが「ただいま、でいいのかな」と苦笑いしていた。
「こっちが、春陽の着替えと、パパの着替え。ただ足りないと思うから、あとでばあちゃんが宅配便で送ってくれるって。パパの仕事道具や」
黒い仕事用リュックにはパソコンや必要最低限のものしか入ってないのだろう。
パパのお仕事は製図を引くための道具も必要だもの。
「あと、春陽も勉強するだろうからって教科書なんか送ってくれるらしいよ」
「それはいらなかった」
【勉強】というキーワードに、昨日までの非日常から【夏休みの高校生】という現実に一気に戻される気がしたのは春陽も一緒のようだ。
苦虫を潰したように、顔を歪めた。
あ、私にはもうそれはないんだったっけ。
勉強しなくてもいいんだ、この霊体になってから、初めてメリット感じちゃった。
「他に欲しいものがあれば、連絡するようにってさ」
パパはリビングを開けて、この家の主の姿を探している。
「ママは? あれから、どうだった?」
「すぐ寝たよ、今朝もご飯食べる? って起こしに行ったんだけど食べたくない、眠りたいって」
「そう」
自分の荷物を和室に入れて、パパは私の写真に手を合わせる。
しばし目をつぶって私の遺影を拝んでいたパパは、ようやくまた春陽に声をかける。
「春陽は、ちゃんと食べた?」
「うん。パパは、ご飯食べてきた?」
「新幹線の中でね」
「そっか」
「うん? どうした?」
「ママの分も朝ごはん作ったんだけどね。いらないって。だから、パパが食べてないならと思ったけど」
立ち上がったパパは、テーブルに置かれたサンドイッチに気づいて、その前に座る。
「じゃあ、パパが食べちゃおうかな。春陽のサンドイッチ、美味しいし」
「お腹いっぱいじゃないの?」
「大丈夫!」
気を遣い、食べ始めたパパにアイスコーヒーを注ぐ春陽は嬉しそうだった。
今朝早く、春陽に頼まれて一番近くのコンビニに案内した。
ママがまだ目覚めないうちにと、卵とハムとパンと牛乳と、パパが飲んでいるコーヒーを買ったのだ。
サンドイッチなら、食べやすいかなと思ったらしいんだけど、ママは首を横に振って「食べたくないの」と布団に潜ってしまった。
その時の春陽の横顔が、小さいころのさびしげな顔と重なる。
実体さえあれば、私が全部たいらげてあげるのに、とため息が出た。
「パパ、あのね? 少しだけ出かけてきてもいい?」
食事中のパパに春陽は遠慮がちに声をかける。
ママの側を離れること。
私を失った家族の元を離れること。
それに遠慮をしているのだ。
「いいよ、その代わり必ず帰ってくること」
どこに行くのか問いはせず、でもその微笑みがやっぱり娘のことを想っての寂しさを浮かべていて、私はまた後悔の念が浮かぶ。
もっとパパに甘えれば良かったなあ。
春陽に気づかれぬように唇を噛みしめた。