「ねえ、夏月?」

 箱の中で眠る私の頬を撫で、問いかける春陽の横顔が泣きながら歪んでいる。
 ごめん、春陽。
 もう無理なんだよ。
 見ての通り、私ってば酷い有様でしょ?
 頭はグルグルに包帯で巻かれちゃってるし、頬っぺたに大きいガーゼまで貼られちゃってるじゃない!
 死に化粧でも隠せないほどの傷があるんだろうね。
 せめて死に顔くらい安らかで美しくありたかったな、だってまだ十六歳と三ヶ月、若いんだもん。

「夏月ってば、起きてよ。家に帰ろうよ? ねえ?」

 返事をせず横たわる本体(わたし)に業を煮やし揺り起こそうとした春陽を、後ろから羽交い絞めにして止めたのはパパだった。

「春陽……。夏月はもう、眠ってるんだ。だから、さ」

 パパは泣き顔を隠すことなく、頭を振って春陽を制す。
 ごめんね、パパ……。親より先に旅立つなんて、親不孝だって言われてるよね。
 でもね、私だって生きたかった。
 いつかの夏休みみたいに、また長野でパパと春陽と川釣りしたかった。

「ねえ、なんで? なんで、夏月が?」

 春陽の泣き叫ぶ声が、パパの胸の中でくぐもる。

「そうね……なんでだろう」

 ボソリと低いつぶやきが聴こえて、ハッとしてその声の主を見た。
 葬儀場のパイプ椅子に腰かけ、やつれた顔をしたママが、自分のつま先をじっと見つめたままで震えをこらえるように噛みしめていた唇を少しだけ開く。

「なんで……?」

 この世の全てが終わってしまった、そんな絶望的な顔でユラリと首をかしげたママが、椅子から崩れ落ちるように倒れていくのが見える。

「ママ!」
「あゆみ!」

間一髪、パパに抱き留められたママはひどい顔色で倒れるように眠っていた。
 気を失っても尚、その閉じた目からは、止め処なく新たな涙が流れている。
 私を失った悲しみの涙だ。
 頬を伝うママの涙に手を伸ばしても、もう二度と届くことは無い。
 抱きしめあって、泣き合う家族に声をかけても届くことはない。
 私、なんで死んじゃった? 
 どうしてこうなってる?
 八月五日、土砂降りの雨の夜に、私に何が起きたんだっけ?