そして、小学校二年生の秋、あの日が訪れた。
 数日前から寒さが強くなって、学校でも風邪が流行り出した。
 先に風邪をひいたのは私で、うつったのが春陽。
 もっと私が気を付ければよかったんだ。

「今日、客先と打ち合わせがあるんだよ。前からそう言ってただろ?」

 パパは困りきり、ママにそう詰め寄っていた。
 ママは深いため息をついて、ヒューヒューと喘息特有の呼吸をしている春陽を横目で見ていた。
 その視線に申し訳なさそうに春陽がうつむいている。
 春陽に風邪をうつし、そんな顔をさせてしまっているのが自分だとわかっていたから、申し訳なさで私もうつむいた。

「熱は? 何度あるの?」
「三十七度五分」

 春陽の呟きに「そう」とうなずいたママ。

「いいわよ、打ち合わせに行っても。今日は私が春陽の面倒を見る。それでいいのよね?」
「助かる、なるべく早く帰るから。春陽、ママの言うこと聞いて、きちんと寝てたら帰りにプリン買ってくるからね」

 パパは春陽の頭を撫でて玄関へと急ぐ。

「パパー、途中まで一緒に行こう」

 ランドセルを背負って、パパを追いかけながら。

「ママ、はるちゃん、いってきます」

 と手を振り駆けだした。
 あの時、私が春陽の側にいたら。
 たとえば私が春陽に風邪をうつさなければ、悲劇は起こらなかったのかもしれない。
 そう、起こらなかったはずだ。

 
 学校の帰り道、先を歩いているのが仕事帰りのパパだとわかった。

「パパー!」
「おかえり、夏月」

 振り向いたパパの手には、朝の約束通りプリンの入った箱。

「私のもある?」
「あるに決まってるよ」

 目を細めヨシヨシと私の頭を撫でるパパに微笑み返す。

「はるちゃん、熱下がったかな?」
「だといいんだけどね、長引くとまた喘息がひどくなるから」

 話しながら家まで二人で戻り、玄関のインターホンを押すけど反応がない。

「もしかして病院かな」

 鍵を開けたパパが家の中に入っていく。

「ママ? 春陽?」

 中は静まり返っていたけれど、なんだか胸騒ぎがして私は二階の自分たちの部屋へと駆けあがって、そして見つけてしまった。

「はるちゃん!! パパ!!はるちゃんが!!」

 ベッドから落ち、床に倒れている春陽を発見した。
 パパは私の悲鳴のような声にすぐに二階へと上がってきて、春陽を抱き上げる。

「春陽、春陽!! しっかりしろ、春陽!」
「パパ……?」

 パパの必死な呼びかけにぼんやりと目を開けた春陽が肩で息をしていた。
 顔色は紫がかっていて、チアノーゼという状態になっていたらしい。