「恨む気持ちにはならなかった。だってお母さん、泣いてたもの。そう言うお父さんの声も辛そうだったから。仕方ないなぁって思った。でも、明日みんなとお別れなんだと思ったら、やっぱり寂しくて、悲しくて、布団の中で泣いちゃった」
銀太が四つ足を動かして、美緒の前にやってきた。
落ちた雫は銀太の身体を透過して、畳の上で跳ねた。
銀太は泣く美緒を見上げて、小さく首を振った。
大丈夫、とでもいうように。
「そしたら朝陽お兄ちゃんが怒ったの。ふざけるなって。いくら暮らしが辛くたって子どもを捨てるなんて親じゃない、もうお母さんやお父さんを親とは思えないし思わない、銀太はおれが引き取って育てるって叫んだの。ぼく、すっごくびっくりして、布団から顔を出したの。そしたら朝陽お兄ちゃんが来て、ぼくを背負った。みんな止めたけどお兄ちゃんは振り切った。ぼくを背負ったまま、何日も歩いて、ヨガクレまで連れて行ってくれた。着いた途端に倒れちゃって、大変だったなぁ」
銀太は目を細めた。笑ったようにも見えた。
「お兄ちゃんはそれからずっと、働きながらぼくの面倒を見てくれた。お兄ちゃんだってあの頃はまだ小さい子どもで、すごく大変だったはずなのに、文句ひとつ言わずに、最後まで大事にしてくれた。お兄ちゃんは本当に、優しい人なの。付喪神さんのことも、霊力をあげたら衰弱するってわかってたのに、それでももし自分が付喪神さんだったらきっと自分の言葉で、自分の声で、大好きなおばあさんを慰めたいだろうなって思ったんだよ。昔からお兄ちゃんはそうなの。自分のことより他人のことを考えちゃうの。そういうお兄ちゃんだから、ぼくは救われたんだけど……でも、やっぱり心配だよ」
銀太が膝の上に乗り、見上げてきた。
美緒は手の甲で涙を拭い、朝陽と同じ金色の目を見返した。
「だからね、美緒。やりすぎだって思ったら止めてあげてほしい。ぼくはいつまでここにいられるかわからないけど、自分がいなくなった後のお兄ちゃんのことを考えると心配で仕方ない。また他人のために無茶をしてるんじゃないか、ちゃんとご飯を食べてゆっくり寝てるのか、ぼくがそんなこと考えなくていいように、お兄ちゃんよりもお兄ちゃんを大事にしてあげてくれないかな」
「うん。うん、わかった。約束する」
銀太の願いにも似た一途な想いを受けて、また溢れようとした涙を指先で払い、何度も頷く。
「……美緒はここに来ると泣いてばかりいるの」
衣擦れの音と共に、苦笑交じりの声。
顔を上げれば、アマネが目の前に立っていた。
いつの間にかそこにあった――音もなく篝が用意したのだろう――座布団に座り、アマネは小さな手で美緒の頭を撫でた。
美緒は少なからず動揺した。神さまが自分に触れている事実に。
「全く、あやつは本当に阿呆じゃの。こんなに想われておるのに気づかぬとは」
アマネの手は柔らかく、優しかった。
触れた箇所からじんわりと温もりが広がり、余計な力が抜けて、身体がふっと楽になる。
これが神さまの力なのだろうか。心までも軽くなった。
「美緒、もしまた朝陽が暴走したら、殴ってでも止めなさい。わらわが許す」
「……はい」
珍しく冗談めかしたアマネの言葉に笑う。笑えるほど余裕ができた。
美緒の心の変化を察したのか、アマネが微笑する。
「話はしまいじゃ。さあ、これを朝陽に届けておあげ」
「はい」
手渡された小瓶を、美緒は強く握り締めた。
銀太が四つ足を動かして、美緒の前にやってきた。
落ちた雫は銀太の身体を透過して、畳の上で跳ねた。
銀太は泣く美緒を見上げて、小さく首を振った。
大丈夫、とでもいうように。
「そしたら朝陽お兄ちゃんが怒ったの。ふざけるなって。いくら暮らしが辛くたって子どもを捨てるなんて親じゃない、もうお母さんやお父さんを親とは思えないし思わない、銀太はおれが引き取って育てるって叫んだの。ぼく、すっごくびっくりして、布団から顔を出したの。そしたら朝陽お兄ちゃんが来て、ぼくを背負った。みんな止めたけどお兄ちゃんは振り切った。ぼくを背負ったまま、何日も歩いて、ヨガクレまで連れて行ってくれた。着いた途端に倒れちゃって、大変だったなぁ」
銀太は目を細めた。笑ったようにも見えた。
「お兄ちゃんはそれからずっと、働きながらぼくの面倒を見てくれた。お兄ちゃんだってあの頃はまだ小さい子どもで、すごく大変だったはずなのに、文句ひとつ言わずに、最後まで大事にしてくれた。お兄ちゃんは本当に、優しい人なの。付喪神さんのことも、霊力をあげたら衰弱するってわかってたのに、それでももし自分が付喪神さんだったらきっと自分の言葉で、自分の声で、大好きなおばあさんを慰めたいだろうなって思ったんだよ。昔からお兄ちゃんはそうなの。自分のことより他人のことを考えちゃうの。そういうお兄ちゃんだから、ぼくは救われたんだけど……でも、やっぱり心配だよ」
銀太が膝の上に乗り、見上げてきた。
美緒は手の甲で涙を拭い、朝陽と同じ金色の目を見返した。
「だからね、美緒。やりすぎだって思ったら止めてあげてほしい。ぼくはいつまでここにいられるかわからないけど、自分がいなくなった後のお兄ちゃんのことを考えると心配で仕方ない。また他人のために無茶をしてるんじゃないか、ちゃんとご飯を食べてゆっくり寝てるのか、ぼくがそんなこと考えなくていいように、お兄ちゃんよりもお兄ちゃんを大事にしてあげてくれないかな」
「うん。うん、わかった。約束する」
銀太の願いにも似た一途な想いを受けて、また溢れようとした涙を指先で払い、何度も頷く。
「……美緒はここに来ると泣いてばかりいるの」
衣擦れの音と共に、苦笑交じりの声。
顔を上げれば、アマネが目の前に立っていた。
いつの間にかそこにあった――音もなく篝が用意したのだろう――座布団に座り、アマネは小さな手で美緒の頭を撫でた。
美緒は少なからず動揺した。神さまが自分に触れている事実に。
「全く、あやつは本当に阿呆じゃの。こんなに想われておるのに気づかぬとは」
アマネの手は柔らかく、優しかった。
触れた箇所からじんわりと温もりが広がり、余計な力が抜けて、身体がふっと楽になる。
これが神さまの力なのだろうか。心までも軽くなった。
「美緒、もしまた朝陽が暴走したら、殴ってでも止めなさい。わらわが許す」
「……はい」
珍しく冗談めかしたアマネの言葉に笑う。笑えるほど余裕ができた。
美緒の心の変化を察したのか、アマネが微笑する。
「話はしまいじゃ。さあ、これを朝陽に届けておあげ」
「はい」
手渡された小瓶を、美緒は強く握り締めた。