「清水にわらわの霊力を流し込んでおいた。これを飲ませれば回復するじゃろう」
「ありがとうございます」
 美緒は心の底から安堵したが、
「しかし」
 アマネは音もなく小瓶を置いて、笑みを消した。

「わらわが助けるのは一度きりと心得よ。再び朝陽が他のあやかしに霊力を与えて衰弱したとしても、次は助けぬ。相手が善良な付喪神であったから大事には至らなかったが、もし邪悪なあやかしであったなら、霊力を根こそぎ奪われ、死に至ったかもしれんのじゃぞ」

「!!」
 思い切り頬を張られたような気がした。
 目を見開いた美緒に、アマネは凛然と告げる。

「今回の朝陽の行為は相談員の仕事の範疇を大いに逸脱しておる。付喪神に乞われた通り、お主らが孤独な老婆との接点を作って慰めればそれで済んだ話じゃ。無論、良かれと思って、相手を思っての行為であるのはわかっておるが、それでも我が身を犠牲にするなど言語道断。次にまた同じ行為をすれば相談員の地位は剥奪、紐も返してもらうと伝えておけ」
 切りつけるような鋭い眼差しを受け、美緒は喘ぐように言葉を絞り出した。
「……わかりました」

 籠の中で死んだように動かない朝陽の姿を思い浮かべ、いまさらながら心拍数が上がり、冷や汗が背を濡らした。
 手のひらに爪が食い込んでも握ることを止められない。

 死んだように、ではない。

 一歩間違えれば、本当に息の根が止まっていたかもしれなかったのだ。

 今日は何が食べたいと聞く声も、姫子と元気に口喧嘩する姿も、愛らしい狐の姿も、全てを失うところだった。

 顔面を蒼白にして震えていた美緒は、銀太が全く動いていないことに気づいた。
 銀太は俯いてじっとしている。何か考えているようだ。

「…………あのね、美緒」
 重い沈黙を破ったのは、銀太の静かな声。

「ぼくには朝陽お兄ちゃんの他にも、お兄ちゃんが二人、お姉ちゃんが二人いたの」

「……え」
 唐突に始まった身の上話に、美緒は当惑した。

「煌《こう》お兄ちゃん、朝陽お兄ちゃん、夕陽《ゆうひ》お兄ちゃん、茜《あかね》お姉ちゃん、白夜《びゃくや》お姉ちゃん、それからぼく。ぼくは末っ子だったの。お母さんと、ぼくと、白夜お姉ちゃんだけ毛が真っ白で、お父さんや他の兄弟はみんな茶色だった」

 銀太は目を伏せたまま、訥々と語った。

「ぼくもお兄ちゃんも、キリマっていう里で生まれたの。キリマはヨガクレよりずっと貧しい里だった。みんなが一生懸命畑を耕しても、土地が痩せてて作物はろくに実らないし、みんなのお腹を満たしてくれるような動物も住んでなかった。ただでさえ暮らしていくには厳しい環境なのに、ぼくは生まれつき身体が弱くて、すぐ熱を出したり咳き込んだりして、薬代がいっぱいかかった。寝込んでたら、隣の部屋からお父さんたちの声が聞こえたの。銀太は山に捨てようって」

 あまりの言葉に背筋が凍った。
 喉が干上がり、頭の中は塗り潰されたかのように真っ白だ。