「え、え、あの」
 すぐ傍に整った顔があり、顔が燃え上がるほど熱くなった。
 心臓が急激に鼓動を早めている。

「なにを驚いてるの。可愛い女の子を抱えて運ぶならお姫様抱っこ一択でしょう? それとも米俵みたいに肩に担いだり、後ろに回り込んで両脇を抱えるほうがいい?」
 想像してみる。

 結論は一秒で出た。
 どれも嫌だ。激烈に格好悪い。

「こ……このままでお願いします」
「でしょ?」
 敗北を認めると、黒田は気さくに笑い、足元の銀太に目をやった。

「銀太くんも乗って。そうだな、美緒ちゃんのお腹の上がいいかな。落ちないように抱えてて」
「はい」
 幽霊なので触れはしないのだが、美緒はショルダーバッグとともに、腹の上に飛び乗って来た銀太を抱えるようなポーズを取った。

「じゃあ行くよー」
 黒田は背中の黒い翼を羽ばたかせて飛翔した。


「それじゃあまたね、美緒ちゃん。ばいばい」
「はい。ありがとうございました」
 手を振る黒田に頭を下げ、その羽音が聞こえなくなった頃、美緒は顔を上げて息を吐いた。

(つ……疲れた……)
 急いでほしいという美緒の要求通り、黒田は椿の何倍もの速度で飛んでくれたので、飛行時間はほんの数分程度だったのだが、黒田が「今回は狐の幽霊のおまけつきだったけど、次は二人きりでデートしたいな」とか「朝陽くんって彼氏なの? 美緒ちゃんは鳥より狐派?」などと、思わせぶりなことばかりを言ってくるので、精神的な疲労が凄かった。

「……黒田さんって、美緒のこと好きなのかなぁ」
 ずっと同じ体勢でいたため凝った筋肉を揉んで解していると、足元で銀太が呟いた。

「まさか。あれはからかって楽しんでるだけだよ。楼閣には美女の烏天狗だってたくさんいたし、わたしと黒田さんじゃ不釣り合いだもの」
 笑って手を振る。
 
「大体、彼は烏天狗で、わたしは人間だよ。種族も暮らす場所も違うでしょ?」
「……そうかなぁ……姫子みたいに、本当に好きなら種族が違ってもいいと思うんだけど」
 銀太は上目遣いに美緒を見上げた。

「やだな、何言ってるの。行こう」 
 話題を強引に打ち切り、屋敷の門に向かって方向転換した美緒は、ぎょっとして動きを止めた。

 暗がりの中、影法師のように、篝が立っている。
 背筋をまっすぐに伸ばし、両手は腹の上で重ねて。
 それは美しく、完璧な執事の立ち姿だった。

「ようこそお越しくださいました、お客人方」
 恭しく頭を下げる篝。

「い、いつからそこに……篝さん……」
 胸に手を置くと、収まったはずの心拍数がまた跳ね上がっていた。

「ついさきほどですな」
 篝は微笑んで答えた。

「どうぞこちらへ。アマネ様がお待ちでございます」