「我ながら男を見る目がなかったとは思うけど。でも一つだけ感謝してることがあるの。私にこんな可愛い娘を授けてくれたことよ。あの人がいなかったらあんたはこの世に存在しなかったものね。だからまあ、そこだけは素直に感謝しましょう」

 美緒を強く抱きしめたまま、ぽんぽん、と母が背中を叩く。
 昔も美緒が泣くとそうしてくれた。叩くリズムも変わらない。

 懐かしい。同時に寂しい。
 もう一度会えただけでも奇跡だとはわかっている。

(でも、叶うことならお母さんの手で、お母さんの声で、慰めて欲しかった)

 生きていて欲しかった。
 傍にいて欲しかった。

 美緒は母の肩に顔を埋めて嗚咽した。

「ほらほら、いつまで泣いてるの。もう十年経ったのよ、小さかったあんたも立派なレディでしょうが」
「れ、レディなんて、大したものじゃ、ないけど」
 しゃくりあげながら上体を起こす。

「大したものよお。ヨガクレとかいう異世界で働いて、あやかしから神さままで味方につけてるんだもの! 幼稚園児の頃から『川に河童がいる』とか『電信柱の裏に言葉を喋る狸がいた』とか言ってたからさ、あんたがお母さんと同じ特別な子だってことは知ってたけど、いやほんとびっくりよ。一体何がどうしたらそうなるの」
 エプロンの裾を持ち上げて、母は美緒の涙を拭った。
 微笑み、幼子に語りかけるような、優しい声で言う。

「だから、いままでのことを聞かせてちょうだい。泣いてる場合じゃないわよ、なにせ十年分よ? 語りつくすには時間がいくらあっても足りないわ。私、いつまでここにいられるかわからないんだから」
「そっか、そうだね。うん。話す。聞いてほしいこと、たくさんあるよ」
 美緒は何度も頷いて、目元をこすった。
 まずは何を話そうか。
 美緒は母と微笑み合い、そして口を開いた。