――顔を洗っておいで。すぐご飯の用意するからね。

(……お母さんだ。本当に、お母さんがいるんだ)
 いまさらながら実感した。

 顔を洗って戻ると、食卓には和風の料理が並んでいた。
 白米にみそ汁、プチトマトを添えたサラダに目玉焼き、塩サーモン。
 オプションとして漬物や佃煮もある。

 母はにこにこしながら向かいに座った。
 嬉しいような照れ臭いような、なんともいえない気分で手を合わせ、いただきますを言ってみそ汁を口に運ぶ。

(――あ)
 鼻に抜けたみそ汁の香りと、その味が、一瞬で時間を十年前に引き戻した。

 これは母のみそ汁だ。間違いない。

 母の顔や声が曖昧になるほどの長い時を経ても、懐かしい匂いを、味を、身体が覚えていた。

(――ああ、やばい)
 泣いてしまいそうだ。それも、子どものように声をあげて。
 美緒はぐっと腹の底に力を込め、こみ上げる衝動を堪えて箸を進めた。

「あ、あのさ」
「うん?」
 一言も喋らず、手料理を食べる自分をただ嬉しそうに見ていた母が首を傾げた。

「結局、なんでお母さんは学校から出られなかったの?」
「ああ、あれねえ」
 母は苦笑した。