「今日もよろしくお願いしまーす」
 二日目。敷島くんはちゃんと教室で待っていた。扉を開けたら誰もいない……という可能性ももちろん想像していたので、なるほどね、という気分だ。
 敷島くんが机から教科書をごそごそと取り出して、とりあえずの補習授業を行っていく。英語の問題集を解きながら敷島くんが言った。
「昨日佐原が言ってたこと考えたんだ」
 僕は相変わらず彼のつむじを見つめていた。今日はつつくのはやめておく。
「何のこと」
「あれよ、なんだっけ、ルールの話」
 ああ、あれか。
「昨日夜ずっと考えて、なんとなくお前の言ってることがわかった」
 ふうん。
「でも、オレはやっぱり納得できないよ」
 そう言う。
「てか、みんなだってほんとはよくわかってないんだろ。だけどなんとなく知ったふりをしてるってことで、それってなんかすげえ――」
 がらっと音がして、教室に誰か入ってきた。確かこのクラスの生徒だ。
「わっ敷島、お前なんでいるんだよ」
 敷島くんを見て驚いた顔をする。不快感を隠していなかった。
「なんでって」
 と敷島くんが言いかけると、男子生徒は僕を見て、
「えっ、てか佐原? なんで?」
 疑問だらけの顔だ。
 そんな生徒に僕にペン先を向けながら敷島くんは誇らしげに言う。
「オレ専門の先生なんだ。すげえだろ」
 人のことをシャープペンシルで指してはいけません。
 ……その生徒はどうやら忘れ物を取りに来ただけらしく、すぐに撤収した。だけど僕の頭にはなんとなく、彼が敷島くんを見た時の顔が残っていた。僕が普段向けられる視線とはまったく違うものだ。
 僕はあの日のことを思い出した。僕のことを迎えに来た先生が僕に向けた顔。
 そのとき僕が期待していたのは、さっきのあの顔だった。
 あの顔だったのに。
 先生の顔は、それとは少し違っていた。どうしてなんだろう。
 僕はあの顔で見て欲しかったはずだった。だけど目の前で敷島があの顔をされているのを見て、そうならなくてよかったと思った。
「敷島くんさ、」
「んー?」
 呼びかけた僕に、敷島はつむじで答える。
「……なんでもない」
 言って、結局つんとつむじをつついた。
「あっお前、またやったな!」
 敷島くんは顔をあげて、ちょっと嬉しそうだ。