「大丈夫そうか、敷島は」
 担任教師の野村は僕からの日報を受け取りながら耳の裏を掻く。
「ええ、まあ、たぶん」
「まあ、お前に任せれば基本的に心配はないと思ってるが」
「随分信頼されてるんですね、佐原創一(ぼく)は」
 わざと馬鹿にするように言ってみる。野村は意外な噛みつきに少しびっくりしたあと、
「お前なあ、……まあ、いい」
 言いかけた言葉を飲み込んだ。
「もう暗いぞ、早く帰りなさい」
 きちんと一礼をして職員室を出る。職員室でも、まだ知らない人が何人かいる空気だった。さて、いつまで保つだろうか。そう思いながら廊下に出ると窓の外は確かにもう真っ暗だ。僕は階段を降りて玄関ホールへと向かった。
 下駄箱の前で敷島が待っていた。
「ようやく来た。おせぇよ」
「なんで待ってるの」
「なんでって。一人で帰るのもつまんないし」
「敷島くんがそんなこと言うタイプだとは思ってなかった」
「なんで?」
「だって友達作る努力してるとは思えないから」
「ふは、確かにそのとーりだ」
 二人で靴を履き替える。敷島くんが下駄箱から靴を取り出して固まった。
「あ……、そうか」
「何、どうしたの」
「友達って努力しなきゃできないのか!」
 玄関ホールに声が響いた。
「え」
「目から鱗だ。エジソン並みの大発見」
「それは普通発明じゃない?」
 とりあえずそこに突っ込んでおく。まあ、多分発見もいっぱいしてるけど。
 敷島くんは靴を履き替えながら、ああそうか、努力か、なるほどなあ、と感心している。
「やっぱ佐原はすげぇな!」
 そう言って僕を肘で小突いてきた。結構痛い。さすっていると敷島くんが言う。
「じゃあ、オレ努力するよ」
「ああそう、頑張って」
「頑張って、佐原と友達になる」
 僕は思わず笑ってしまった。
「うわ、鼻で笑った、ひでえ」
「いや、違うよ。そういうことじゃなくてさ」
 僕は顔の前で手を振って誤魔化した。敷島は「じゃあなんだよ」と聞いてくるだろうと思ったけれど、聞いてこなかった。
 予期した質問が来なかったので、なんだか変な間が空いてしまう。
「さて、帰るかあ」
 何事もなかったように敷島くんが言うので、
「そうだね」
 そう言って僕たちは学校を出た。

         *

 敷島襲。サボりまくりの不良生徒。たまに学校に来ても寝ていて授業なんて聞いてない。真面目に聞いているかと思えば、くだらない質問ばかりを繰り返す。校則違反の金髪で、右耳にピアスを二つ開けている。生徒たちの噂によれば、他校との喧嘩に明け暮れて、補導されては警官に楯突いているらしい。コンビニでは万引きばかりで、財布を出したこともないらしい。
 佐原創一。校内きっての優等生。彼を四字熟語で表すと、成績優秀・文武両道・品行方正・容姿端麗、そして生徒会長。
 ――って、生徒会長は四字熟語じゃないだろ。いや、成績優秀もかなり微妙だ。
 まあ、とにかく周りの生徒も一目置く存在だ。

 さて、ここで再び、

     〈問題〉
   問題児なのはどちらでしょう?(選択式)
   A:敷島襲 B:佐原創一

 あまりにも馬鹿馬鹿しい設問だ。
 だけど、どれだけの人間がちゃんとこれに正解できるだろう?