でも、弥栄が言ってたことは多分正しい。俺は夕夏が立派になっていく様を見るのが切ないんだ。
以前の夕夏は消極的で、誰も近付かせないオーラがすごかった。その結果いつも俺を呼び、俺を介して話を進める、という流れが当たり前になっていた。

じゃあやっぱり寂しいのは俺だけか。我が子が巣立つときの親鳥のような気分。でもそれって最早恋人じゃないよな……と感傷に浸りながら大きな渡り廊下へ出ると、名前を呼ばれた。

「あっ須賀先輩じゃないですか。おつかれさまです!」

無邪気な笑顔で駆け寄ってきたのは生徒会の綿貫君だ。
「おつかれ、久しぶりだね。綿貫君も文化祭の準備?」
「はい。俺はクラスじゃなくて生徒会ですけど……本当はもう帰りたいんですけど……」
「あはは、綿貫君も何か大変そうだね」
「も、って、先輩も? 何かあったんですか?」
「うーん……」
綿貫は夕夏と自分の仲を知ってる数少ない人物。智紀は最近の夕夏の良い人路線変更事件について事細かに説明することにした。

「なるほど……! 確かに最近、七瀬先輩からの呼び出しが少ないんです。前は昼休みの度に抹茶オレ買いに行かされたのに」
「そうなんだ、最低だね……でもほんと、俺って荒んだ夕夏しか知らないからさ。今のあいつに適応できないんだぁ」

二人で壁に寄りかかり、完全に談笑タイムに入る。それでもだいぶ気は紛れた。
「そういえば真弘先輩から聞いたことあります。七瀬先輩って本当はすごい純粋で、惚れっぽいんだとか。尽くすタイプなんですよ、きっと」
綿貫は閃いたと言わんばかりに両手を叩く。しかし智紀は困った顔で彼の方に振り返った。

「惚れっぽいんだ。意外」
「はい、意外にも恋する乙女なんです。つまりですね、七瀬先輩は須賀先輩に喜んでほしくて、良い人になろうと頑張ってるんですよ! そうに決まってます!」

そんなバカな、と思うけど、確信に満ちた瞳で言い切られると何も返せない。
やけにむず痒くなって、智紀は無言で頬を掻いた。
「じゃあ俺は失礼しますね。そろそろ戻らないと真弘先輩にシバかれるから」
「あ、あぁ。ありがとね」
手をぶんぶん振って去っていく彼を見送り、来た道を戻る。
夕夏が俺のために……?
それは無きにしも非ず。しかし期待するにはとても微妙なラインだ。