素の夕夏が良い子になったら……それこそ良いことがいっぱいだ。俺は彼と付き合いやすいし、友達とはもっと分かり合える。文化祭を前に、クラス全体の繋がりが強くなる。
でも無理してるようにしか見えない。夕夏がとびきりのスマイルで誰かと話してるところを見ても、安心どころか息苦しさを覚える。けど、だからといってできることは何もなく、ただ彼を見守っていた。

「夕夏が変だ! 素直! 良い子すぎるよ……!」

文化祭前日、智紀は頭を抱えた。
日が暮れてもまだ多くの生徒がクラスに残り、準備作業に没頭している。照明を点けた教室は眩しいけど、窓の外の闇を見返すと丁度いいぐらいに感じた。
しかし気分は重い。恋人の変化に悩まされている智紀は文化祭どころではなく、教室の壁に頭を擦り付けていた。その横で、クラスメイトの弥栄が苦笑いを浮かべる。

「まーまー、いいじゃん。あの七瀬があんなに率先的にアイデア出して、皆と仲良くしてるんだよ。素直に喜んで、褒めたげようよ」
「俺もそう思う。夕夏がクラスに溶け込んでるこの光景は、もうずっと願っていたことだよ。なのに……オエッ、理屈じゃないんだよな。夕夏がクラスに溶け込んでるのが気持ち悪い。何かもう生理的に気持ち悪い」
「急にけなす方向にシフトしたな」

智紀は口元を手で押さえ、教室の中心で友人達に囲まれている夕夏に視線を向けた。
「……分かった。じゃあアレだな、智紀は寂しいんだ。手のかかる子どもが立派になって離れてった感じで、複雑なんだよ。つまり……保護者なんだ」
「保護者? 違う! 俺は……」
「俺は?」
弥栄が不思議そうに振り返る。恋人、と答えそうになった智紀は慌てて首を横に振った。

「俺は……夕夏の友達兼、愉快な仲間達のひとりだよ」
「どういうこと……?」

未だ怪訝な表情を浮かべる弥栄を残し、智紀は教室を後にした。
文化祭の準備を手伝わなきゃいけない。それなのに今は心の余裕がない。
廊下を渡る間、他の教室の前を通り過ぎる。どこもお祭り前夜というか、本当に楽しそうだった。
それもそうか。高校最後の文化祭、……良い思い出にしたいもんな。

窓から見える外は馬鹿に暗くて、校庭の様子もよく分からなかった。まだ十八時半とはいえ、夜の学校は不気味極まりない。
さっきから脈絡のないことばっか考えて、右往左往している。文化祭のこと、夕夏のこと……頭の中はそればっかりだ。