翌朝、智紀は早起きして学校へ向かった。
久しぶりに謎の焦燥に駆られたからだ。こういう時のカンは不思議と当たるもので、教室へ向かうと案の定夕夏がひとりで何かやっていた。
「夕夏、おはよう。何やってんの?」
「おはよ。掃除だよ、掃除。黒板とかも綺麗にしたら気持ちいいだろ?」
「へぇ! 偉いなー、俺も手伝うよ!」
不思議に思ったものの、爽やかな夕夏の笑顔に心を打たれ、智紀もすぐに掃除を手伝った。
教壇の上を拭いたり、窓を拭いたり。どうせ放課後もやることだけど、朝一番にする掃除も悪くない。ここで過ごせる時間はあとわずか。普段お世話になってる教室への恩返しだと思い、真剣に掃除した。
「……ふぅ。夕夏、こんなもんでいいかな」
「サンキュー。じゃあ俺はトイレを掃除してくる」
「トイレ!? トイレはいいんじゃないか!? 清掃員さんがやってくれるよ!」
「でも普段から綺麗にしとけば掃除も楽だろ?」
にっこり笑って言い残すと、夕夏は教室を出て行った。
トイレ掃除を自ら進んでやるなんて只事じゃない。もちろんすごく良い心掛けだけど……何か不安だ。
それは気のせいじゃなかった。その後も、夕夏の変貌ぶりは一目瞭然。朝、登校してくるクラスメイトに素の笑顔を振り撒いたり、授業はちゃんとノートをとってバンバン進言している。
怖い。
嬉しい反面、底知れない恐怖を感じた。
だから放課後、文化祭の準備で残ってる夕夏にこそっと近寄って訊いてみた。
「なぁ、夕夏。お前何か無理してない?」
「え? 別に何も」
「嘘だ! 絶対何かあるだろ……っ」
それをうまく言葉で伝えられずごにょごにょしてると、近くの友人が夕夏を呼んだ。物品調達の件で相談したいことがあるみたいだ。
「悪い、ちょっと行ってくる」
「う、うん」
夕夏の後ろ姿を見つめる。何でだろう。嬉しいはずなのに、妙な不安を覚えるのは。
自分の気持ちがよく分からないまま、一週間が過ぎた。
その後も夕夏の様子は変わらず、むしろ完璧な優等生に磨きがかかったように思える。
やめろ。一体どうしたっていうんだ。お前はそんなキャラじゃないだろ。
そんな言葉が喉元まで出かかったけど、珍しく絶好調な夕夏のやる気を削ぐようなことは言っちゃいけない。ここは恋人として、黙って彼の成長を見守ることにした。