午後の授業を終え、帰り支度を始める。
智紀はクラスメイトを見送りながら、後ろの席に座る夕夏の元へ駆け寄った。
「夕夏、腹減らね? わかめ……じゃなくて、回る寿司食いに行こう!」
「あぁ……悪い、今日はちょっと用事があるんだ」
「あ、そっか。じゃあしょうがないな。また今度行こう」
夕夏がそう言うから、残念だけど教室で別れた。
変な夢を見たせいで、今日は一日中落ち着かなかったな……。
できる限り彼と一緒にいたい、という願望が虚しく揺らめいている。でも仕方ないからひとりで昇降口へ向かうと、またしても昨日の彼が現れた。

「どうも、須賀先輩。昨日ぶりです!」
「わっ。綿貫君……」

下駄箱から靴を取り出そうとしたタイミングで、彼は声を掛けてきた。今度は一体何の用事かと身構える。
「お帰りになるみたいですけど、七瀬先輩は? 良いんですか、放っといて」
「あぁ、夕夏は用事があるって言うから」
綿貫君の台詞に引っ掛かるものを感じる。でもあえて触れず、正直に答えた。
彼はそれを予期していたかのように頷いて、にこっと笑った。

「そうなんですか。じゃあ七瀬先輩にとってゲイのカップルを引き裂くことは、恋人よりも優先順位の高い大事な用事なんでしょうね」
「……え?」

胸が痛んだ。芝居がかった台詞とはいえ、今回はいつもと違う。鋭い刃がかなり奥まで突き刺さった。そこから真っ赤な液体が溢れて、冷静な思考を溺れさせる。

「七瀬先輩は生徒会室にいますよ」

嫌な予感。綿貫の言葉を聞いてすぐ、智紀は来た道を戻った。階段を駆け上がり、普段は行くことのない生徒会室へ向かう。
本当の彼を見たあの日から、一度も行ってない場所。

夕夏……っ。
信じてるのに、どうしてこんなに痛いんだろう。息が苦しいのは全力疾走したからじゃなく、強い力で首を絞められてるからだ。
綿貫の言葉と、自分が抱く疑念が鎖になって、雁字搦めになっている。

「何だよ、もう! ふざけんな!」

生徒会室に辿り着いてドアを開けようとした瞬間、中からひとりの生徒が飛び出してきた。
「ち、ちょっと……!」
何があったのか訊こうとしたが、間に合わない。彼は怒り心頭で階段を駆け下りていった。
視線は再び、開かれたドアの先へ移る。何の変哲もない部屋。ただテーブルの上が荒れて、床に何かの紙が散乱してることが気になった。