その日の夜、夢を見た。
『智紀。別れよう』
そう言って自分の隣を通り過ぎる恋人。何の前触れもなく告げられたその言葉は、理解するのに時間がかかった。
もちろん理解ができても納得はできない。一体どういう事か問い詰めようとしたけど、彼の悲しそうな横顔が目に映り、何も言えずに立ち竦んでしまう。
そんな夢を見た。
「夢で良かった……」
朝、容赦なく鳴り響くアラームで目を覚ます。いつもは大嫌いなアラームの音楽も、今日だけは感謝した。智紀は汗でぬれた額を拭う。
嫌な夢だった。……いや、夢と割りきるには夕夏の表情がリアル過ぎた。まだ心臓がバクバクいってる気がする。勢いよく飛び起きたからだけじゃない。
「別れよう」か。付き合ってまだ二週間なのに……。
いや、あくまで夢だ。昨日綿貫君に言われたことで不安になってるだけだろ!
気持ちを切り替えて学校へ向かう。校門をくぐると、夢の中に現れた恋人の姿が目の前にあった。
「夕夏、おはよー!」
「おう」
いつも通り落ち着いた様子の彼、夕夏。調教されたな。今はこの真顔にすら安心する。
「そういえば今日、お前が夢に出てきた」
できる限りのスマイルで話すと、夕夏は興味深そうに視線を向けた。
「へぇ。夢の俺は何してたんだ?」
「えっと、夢見たのは少しなんだけど、俺にわか……」
ハッ。そこまで言いかけて口を噤む。
別れようって言われたんだ。これは絶対隠しといた方がいい……。
「わか……何?」
夕夏は意味が分からず顔を顰めた。
「わか……め。わかめをくれたんだ。だから、放課後わかめを食べに行こう」
何とかなった。俺って意外と機転がきくなぁ。
「わかめ? お前って夢でもバカだな」
「何だと! わかめを馬鹿にすんな!」
「わかめは馬鹿にしてねーよ」
夕夏はため息をついて顔を上げるとデコピンしてきた。普通に痛くて文句を言う。でもそれすら、彼は楽しそうに笑っていた。
距離も縮まって、どんどん普通の高校生っぽくなってる。……夕夏から目が離せない。
まだ他の生徒にはそこまで笑顔を見せないけど、自分に対してはかなり表情豊かになったと思う。弥栄も最近は特に驚いてたっけ。
堂々と、ってわけにはいかないけど、このまま二人で楽しく過ごしたい。それにはやっぱり、人に迷惑をかけないことが一番だと思った。