恋人も切り捨てる。
綿貫の言葉に、智紀はわずかに息を飲んだ。

「七瀬先輩には敵がたくさんいるから、そのうち貴方もとばっちりに合いますよ。けど、肝心の先輩が貴方を守ってくれる保証はない。リスクを犯してまで彼と一緒にいる価値はない。って思いません?」
「……」

湿気をまとった空気が瀰漫してる廊下。
「そっか……」
でも居心地が悪いのは、恐らくお互いさまだろう。
「よく分かった。教えてくれてありがとね。でも、俺は大丈夫だと思う。夕夏に守ってもらうんじゃなくて、俺が夕夏を守るつもりだから。何があっても別れる気はないよ」
ここで弱気になったら駄目だ。夕夏を信じてるんだって、そう思ってできるだけハッキリ言った。彼に、というより自分自身に言い聞かすように。

我ながら潔いと思う。綿貫君はちょっと驚いた顔をして、「そうですか」と去っていった。
ひとりになってちょっとホッとする。一年の子にドキドキするとは情けない……。
でも、夕夏に敵が多いのは本当だろうな。今まで散々ゲイのカップルを引き裂いてきたから。
────これからは大丈夫。あいつは普通に高校生活を送っていけるはずだ。俺が傍で守れば何も問題ない。

そう決意する智紀を、廊下の角から見つめる影があった。

「……ふーん。そんなこと言ってたんだ。あのお気楽転校生」

壁に寄りかかって腕を組む。生徒会の副会長、真弘。彼の後ろでは、綿貫が何度も頷いている。そして満面の笑みで前に出た。
「はい。ちょっと喋っただけなんですけど、須賀先輩って良い人っぽいですね。七瀬先輩を絶対守るって心に誓ってる感じ……うん、かっこいい」
「どうかね。まだ要観察だ。楓真、今度はもっと脅してきな」
「もう嫌ですよ! 俺ばっかり恨まれるじゃないですか!」
和やかな雰囲気から一変、綿貫は真弘に抗議した。先程の接触も望んだことではなく、彼に命令されて仕方なしに行動したのだ。おまけに、会話の内容も。でなきゃ初対面の人間に開口一番、エッチなんて言えるものか。
「今度は真弘先輩が行ってください! 俺は別に須賀先輩と七瀬先輩が付き合ってても良いですもん! むしろどうぞ、末永くお幸せにって思います」
「……そう。俺の言うこときいてくれたら、いつもよりずっと良い目に合わてやるよ?」
真弘に耳元で囁かれ、綿貫は黙って視線を逸らした。

嫌になるのは彼のお願いではなく自分自身かもしれない。全力で拒否できないことが一番歯痒かった。