七瀬は落ち込んでる。何にショックを受けてるのか分からないけど、それだけは感じ取れた。
励ますわけじゃないけど、ずっと胸のとこで引っかかっていた想いを吐き出すことにした。

「七瀬。言う順番、逆になっちゃって悪いけど……助けてくれてありがとう」

本当はそれを一番に伝えたかった。でもつい感情的になってしまって、後回しになってしまった。
彼がどういうつもりで乱入してきたのだとしても、助けられたのは事実だ。お礼だけはちゃんと伝えときたい。
「お前からも散々聞かされてたし、ゲイには耐性ついてきてると思ってたんだ。でも、さっきは正直焦った。部長だし、友達だし、抵抗すんのも躊躇しちゃって。でも変なとこ触られんのは絶対いやだったから……」
「触られたのか?」
七瀬は表情をさっと変え、俺の方に身を乗り出してきた。

「ちょっとだけ、服の上から。でもその時にお前が来てくれたから、何とかなったよ」
「それでも……こんなことになるなら、もっと早くに来ればよかった」

青白い表情が、打って変わって辛そうに歪む。
とても、赤の他人に向ける顔には見えなかった。

「……怖かったろ」

細くて小さくて、短い言葉。
だけど今までの彼からは想像もつかない言葉だった。

あっれ……。
おまけにこんな時に不謹慎だけど……ちょっとドキっとしてしまった。
「い、いや……! 確かにびびったけど、もう大丈夫だって! 俺も男だから!」
プラス、ずっと膝に彼の内腿が当たってんのが気になる。別に構わない。嫌じゃないんだけど……何故かすんごい気になる。
「だからそんな、辛そうな顔すんなよ」
俺まで辛くなってくる。なんて、それもよく分からない。
けど確かな予感だった。七瀬には、笑っててほしい。いつもみたいに険しい顔をするんじゃなくて、……俺が笑わせてやりたい。

「……そう。とりあえず、襲われなくて良かった」
「おう! お前のおかげだよ。ありがとな」

つい、嬉しくて彼の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。するとめちゃくちゃ顔が近くなってしまった。男にしては長い睫毛だと思ってるうちに、みるみる彼の顔が赤くなる。
「おい、七瀬? お前顔が真っ赤だぞ。熱でもある?」
「ない。それより近過ぎんだよ、離れろ!」
「離れろって、お前が俺の上に乗ってんだろ!」