「うわっ!」
焦ったような不田澤の声が聞こえた時、ベルトを掴んでいる手も離れた。彼自身が衝撃を受けて壁に押し付けられたからだ。……さっきまではいなかった人物によって。
「な……七瀬」
目の前では七瀬が、不田澤の襟を締め上げていた。
こちらを見向きもしない。抵抗する彼をさらに苦しめるように力を入れているようだった。
よく分かんないけど助かった。
彼が不田澤を押さえてくれたおかげで、ズボンを下ろされずに済んだ。触られた部分はまだ生々しい感覚を残しているけど、とりあえずホッとする。
ゲイが多いのは知っていたけど、こんな強引に迫られるなんて思わなかった。
やっぱり、少し……怖い。胸の辺りに手を当てて、呼吸を整える。
「何だよ、急に出てきやがって。お前には関係ないだろ、七瀬……っ」
智紀の前で、二人はとても公に言えない口論を交わす。その最中も、七瀬は不田澤を強く掴んでいた。
薄ら笑いを浮かべる不田澤に対し、彼は能面のように動かない。
「そんな怒んなよ。須賀があまりにも純粋だから、ちょっと色々教えてあげたくなったんだって。……大体お前も同じくせに、何キレてんだよ。俺らを悪者扱いして、自分は正義の味方気取りか?」
不田澤は嘲るように笑う。しかし、それは一瞬だった。彼は脚を払われ、尻もちをつくような形で床に倒れる。
七瀬はそれでも気が収まらないのか、さらに彼の上に跨ろうとした。
「勘違いすんなよ、不田澤。俺はゲイなんてどうでもいい。ひとりで大人しくしてる分には酷いことなんてしない。でもお前みたいな馬鹿は話が別」
七瀬の影がゆらりと前へ落ちる。
「その気がない奴に無理やり手ェ出して、自分の欲求を満たそうとする馬鹿は────本気で死んだ方が良いと思ってる」
徐々に低いトーンで紡がれる言葉。それが途切れた時、彼の両手が不田澤の首元に掛かった。
「おっ、おい!?」
考えるよりも先に駆け出して、智紀は七瀬の腕を掴む。彼の腕に相当力が入っていたせいで、引き離すと同時にバランスを崩して倒れてしまった。
結果、二人で床に尻もちをつく。これはこれで酷く滑稽だけど、智紀はすぐに立て直して叫んだ。
「……このバカッ!」
乾いた音が響く。
それほど手加減はせず、智紀は七瀬の頬を叩いていた。