鍋の水が沸騰すると、夕夏は手早くパスタを入れた。次いで塩を少量振る。

「ごめんな、暗い話して。今度はお前を俺の家に呼びたいんだけど、母親がいない理由を隠し続けんのもアレだからさ。でも今は弟も元気だから、気にしないで遊びにこいよ」
「……ありがと。やっぱ強いよ、お前は」

自分のことを弱いと称していたけど、人間としての芯の強さは彼の方がよっぽど上だと思う。だからかもしれない。初めて会った時から優しさが垣間見えて、本気で嫌いになることができなかった。
夕夏は、俺が知らない感情を経験している。俺が知らない辛さ、苦しみを何度も。

「さ、できたよ」

夕夏はよそったパスタにミートソースをかけた。それだけで美味しそうな匂いが周りに立ち篭める。さらにスープとサラダもついたので、もう充分な夕食だった。
「いただきまーす。……うん、美味い」
パスタを一口食べて叫ぶと、夕夏は嬉しそうに笑った。
「いいなぁ、これ。新婚さんみたい」
「ははっ、そりゃ良かった。俺も楽しいよ……服は智紀の貸してもらっちゃったし」
「そりゃもちろん。寝巻きだから、明日までそれ着てろよ」

お茶を飲みながら、ホッとした気持ちで椅子にもたれ掛かる。
幸せだった。なんでもない時間なのに、本当に尊い宝物だ。
彼の存在が宝物。とか言ったらさすがにクサいし、このほんわかした空気が一瞬で凍結しそうだ。二度と俺達のもとに春は訪れない気がする。しようもないことを考えながら、食事を終えた。また皿洗いをし、二人で過ごす。友達が家に泊まりにきた、とはちょっと違う。

やっぱり恋人だから……抱き合った後も妙に緊張していた。

「夕夏、ゲームでもする?」
「あぁ……」
お?
違和感を覚え、振り返る。
「何か他にしたいことでもある?」
夕夏のテンションがあまり高くないから、他の要望を訊いてみる。けど彼は特に何も言わず、肩に寄りかかってきた。
「このままでいいよ」
「う、うん」
何だ……この可愛い恋人は。

「あ、ところで夕夏。今日は俺ん家に泊まるってお父さんに連絡した?」
「あぁ、大丈夫だよ。今日は適当に買って食べるって言ってた」
「何か申し訳ないなあ。お料理担当のお前を借り出しちゃって」
「はは、いいんだよ。弟もそろそろ飯ぐらい作れるようになってほしいし。それより、これからはお前の為に作りたい」