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「それでよ真っ赤なんだよ、まじでびっくりしたわ」
「いいんじゃね気合い入ってて」
「そうかあ?」
俺の机の周りに椅子を持ってきて低レベルな会話を繰り広げているやつらの声を耳から耳へ流しながら俺は頬杖をついた。
1番後ろの席の俺のところから数メートル先、前から2番目の正反対の位置にいる阿比留の背中姿をとらえる。今日も目立たないように小さく丸まっていた。
昨日話したのは夢だったのかというくらい、阿比留とは目も合わない。俺の願望がみせた夢なのだとしたらタチが悪すぎる。
「なあ須崎、どう思うよ」
右側にいる小野寺が俺の肩に手を置いた。
先程の会話をほとんど聞いていなかった俺は耳にかすかに残っている会話の切れ端を思い出す。
「何が赤色で、何が気合入ってるって?」
「だからあ、彼女の下着が赤すぎる赤で引いたって話」
朝からなんつー会話しているんだこいつら。
「別に赤でもいいじゃんな?須崎、お前彼女の下着何色だったらもえる?」
左側にいる山下が俺にそう問いかけた。
別に何色でも好きなやつのだったら気にしないだろ、そういうの。よく分かんないけど。
頬杖をついたまま、俺は再度阿比留の背中を視界に入れる。やつは真剣に本を読んでいた。
ちくしょう、こっち向け。
「青だな!」
「声でか」
「うるさ」
両隣からの肩に当たった強めの衝撃は無視する。別にお前らのしようもない会話に参加するつもりはない。ただ利用はさせてもらう。
阿比留の本を読む指先が止まった。
「てかさ、前同じ会話した時須崎ピンク色とか白色とかそういう感じのこと言ってなかった?」
小野寺が俺の横でからかい口調でそう言った。
おそらく当時の俺はどうでもいい会話だったので、適当に思いついたスタンダードな色を答えたんだろう。本当に何色でも興味はなかった。
「覚えてねえし、だいたいそんなしょうもない話題を2回もふってくんなよ」
両隣で騒ぐ2人を適当にあしらって俺はいまだにこちらを向かない阿比留を見る。やっぱりだめか、と軽く項垂れる。
山下が俺の机に肘を置き想像するように鼻の下を伸ばした。
「青かあ、まあいいよな青も」
「山下、お前もはや何色でもウハウハしてんだろ」
「てめえもだろ、小野寺」
「はあ?盛りのついた猿みてえな顔しやがって、肩パンすっぞこら」
「上等だ!こっちだっててめえの肩が真っ青になるくらいの一発かましたらあ!」
「青くなるのはてめえの顔だよ猿!」
項垂れていた顔を上げる。
アホみたいに立ち上がっている2人を見上げた。
「青々うるさいんだよお前ら、俺の気持ちを考えろよ」
「どういうこと?」と2人の顔にはてなマークが浮かび上がるがそんなことはどうでもいい。「なんでもない」と適当に言葉を放てば小野寺と山下がまたくだらない小競り合いをはじめる。
そんな中、俺は再び阿比留の方へ目を向けた。
「っ」
阿比留がこちらを振り返った。
少し怪訝そうに口をへの字に曲げていた。
こっち、向いてくれた。
俺は微かに口角を上げる。教室で目が合ったのは初めてだ。
口をゆっくりと『あお』と動かす。
すると阿比留は少し肩を上げたあと、人差し指と中指の先を自分に向けて、そのあと俺の方に向けた。見張ってるぞと言っているみたいだった。
そのあと、『うるさいバカ』と、阿比留の口が動いた。
そして俺の反応を待たないまま、前を向いて再び本を開いた阿比留。
ゴンっと鈍い音が響いた。机に額が当たる。うん、痛い、夢じゃない。
「…なんだよあれ、かわいいな」
もれた本音は、誰にも聞かれることなく猿のような友達2人のしようもない喧嘩によりかき消えていった。