自分で言っていて、妙に心臓がはねた。
まるで自分はこうして距離を縮めることを望んでいたような。
い、いやいやいやいや、何考えてんだ俺。


「何言ってるんだよ、もういいや、帰ろう」


阿比留が呆れたようにため息をついて立ち上がった。
階段をゆっくりと降りていく。
その丸まった背中に焦りを覚えた。


「言うかも!」


響いた自分の声。
阿比留の足が止まった。よし。


「誰かに言うかもな、お前の秘密」


阿比留はくるりとこちらを向き、そして近寄る。その表情は何を考えているか分からない無表情。
ああ、こいつの前髪邪魔だな、なんて呑気に考えていれば自分のネクタイが上に引っ張られた。

阿比留の口から堪えたものを吐き出すように小さく息がもれる。え、笑った?


「性格ひん曲がってるって言われない?」


違った。めっちゃキレてる。


「至極真っ直ぐ男って言われます」


「真っ直ぐな人は、こうやって人を揶揄わない」


「からかってない、ただ」


ごくりと唾を飲み込む。
ただ、えっと、ただ、俺は、



「お前の近くにいてみたいってだけで。

ってうん?何?なんて?おれ」


「一瞬で記憶喪失になるのやめろよ」


吐き出された自分の言葉に少々困惑していると、阿比留が呆れたように何度目か分からないため息をついた。


「自分の口の軽さを制御できないとか、須崎くんはアホ?バカ?ドジまぬけ?」


「小学生の悪口ボキャブラリー並べるのやめろよ」


普通に傷つくから。
荒々しくネクタイから手が外されて、阿比留は腰に手を当ててため息混じりに「分かったよ」と言った。

髪の毛の隙間からのぞく青い瞳が俺に向けられている。


「見張ってればいいんだよね、須崎くんを」


「…おう」


「分かったよ」


「まじ、じゃあ、明日から話しかけても」


阿比留の人差し指が俺の顔に触れるギリギリのところで止まった。


「須崎くんと一緒にいるともれなく俺も目立つから、それにいきなり仲良くなるなんて周りからおかしいって思われるだろ」


「誰も俺らに興味なんて」


「いいから、絶対話しかけないで、俺も話しかけないから」


意思の硬いその声色に俺は、肩を落としながら「分かった」と返事をする。
阿比留は納得したように頷いて「帰ろう」とまた歩き出した。
俺も慌てて立ち上がり、阿比留の横に並ぶ。

俺より背は低いが、いつも見ているよりは幾分か高く見える。それは阿比留が人の中に紛れている時に猫背だからだ。
今日はもうほとんどの生徒が帰っているため、バレる心配もないのか丸まっていた背中が伸びていた。


「しかしカラコン両目とも落とすなんて阿比留こそアホ、バカ、ドジまぬけだろ」


「っ…気づいたらなくなってたんだよ目も特に悪くないから落としたこともしばらく分からなかった」


「バレたのが俺でよかったな」


「どう考えてもよくないだろ、口が滑るかもしれないから見張っとけなんて、軽く脅しだし」


「心外だな、今日から友達だろ俺たち」


「…ただれた友達だね」


「言い方な」


薄暗くなった外に出れば、阿比留の表情はより分かりにくくなった。
だけど、隣で小さく笑う阿比留をみながら俺は思った。
阿比留は意外と表情が豊かだ。
これをいい収穫だと喜んでいる自分に少し寒気がする。

門を出たところで俺とは反対の方へと体を向けた阿比留。「俺こっちだから」と適当な様子で俺に背を向けて歩き出した。


「気をつけて帰れよ!」


阿比留がこちらを振り向く。


「そういう言い方やめてよ、須崎くんに心配されると腹が立つ」


親指を下に向けて、舌をだしたあとまた俺に背を向けて歩き出した阿比留。
生意気なやろうめ。

だけど阿比留、ちゃんと気づいた方がいいよ。

お前、結構魅力的だから。