「も、ももたろうって、勇敢な男だよな」

「急だね」

だってこいつは隠して目立たないようにと自ら望んでやっていることなのにそれを否定したら嫌われてしまう。別に嫌われたところで俺の日常は何も変わらないとは思うけど。


「…あのさ、須崎くん」


名前、ちゃんと知ってたんだ。
そんなことを思いながら俺は「なんだよ」とぶっきらぼうに返事をする。


「このこと、秘密にしてくれると助かる」


『秘密』

その言葉にぞくりとした。どういう感覚なんだ、これ。と自分自身の訳のわからない感情に困惑した。


「言うわけねえだろ」


「どうだか」


「なんで疑ってんの」


「だって須崎くんってクラスの中でも割と目立つ方だし」

目立つ方だからなんだってんだよ。心外だ。まあでも、阿比留からしてみれば俺の印象なんてその程度なんだろう。
俺だって阿比留は、時々視界に入ってくる目立たない猫背の男で、ただ自分とは違う人間すぎてほんの少しの興味が湧いているってだけだ。

けっ、といやみったらしく笑った。


「阿比留のことなんて、別に話題にもあがんないし」


「…そう」


そう言って自らの膝を抱えてその上に顎を乗せた阿比留。垣間見えた青い瞳が刹那に揺らいだ。

伸ばしそうになる手を床に置いたまま力を入れる。
「ごめん」なんていう言葉は当然自分の口から放たれることはなく、代わりに息がもれた。

なんなんだよ、まじで。なんで俺がこんな罪悪感とか抱かないといけないんだ。所詮クラスメイトが青い瞳っていうのを知っただけだろ、何を狼狽えてるんだか。


「…俺がその顔でその瞳だったら『どうだすごいだろ』ってみんなに見せびらかすけど」


「え?」


「人と違うってなんか、こう、よくね?」


「何言ってるかよく分かんない」


いいよ、分かんなくて。と俺はため息をつく。
この阿比留という隠れた美少年はどこかつかめない不思議な雰囲気をもっていた。


「須崎くんってさ、バスケ部だっけ?」


『秘密』の共有で俺自身に興味が湧いたのか俺にそう問う阿比留。1ミリも俺に興味なんてなさそうなのに俺が入っている部活を知っていたのが驚きだった。


「そうだけど」


それがなんだよ、という含みを持たせた返事をすれば阿比留の「へえ」と小さな声が聞こえる。
なんだよ、それだけかよ。


「俺がバスケ部だからなんだってんの?」


「いや、べつに大した意図があってきいたわけじゃないよ。普通に世間話」


世間話ねえ。俺とは目を合わせないまま前を見つめているその青い瞳。
そしてその薄い唇が「でもさ」と動く。

「須崎くんは、クラスの中でもみんなに囲まれて、部活もチームプレーで誰かと一緒にいるとさ、ずーっと喋ってるわけでしょ、こういう世間話の中でぽろっと言っちゃいそうだなって」


「は?」


「誰かの秘密」


どういう思考回路だよ。


「だから、誰もおまえの話なんてしねえって」


「…分かってるよ」


そう言った阿比留の顔は到底理解をしている顔ではない。こいつ、口軽そうだしなあって、そう言っているみたいだ。
イラっとした。


「じゃあ」


自らの目を中指と人差し指でしめしたあと、阿比留の方へその指先を向ける。
阿比留がこちらを向いた。




「じゃあ、俺が秘密を誰かに言わないか毎日見張ってれば?お前のその目で」