阿比留がムッとした表情でこちらをみる。
前髪の隙間から見える青。
なんというか不思議だ。

吸い込まれるような、そんな、


「なんで隠してんだよ、もったいねえな」


もう一度手を伸ばせば、顔をそらされ拒否をされた。
察した。こいつは、そういうことをされるのが嫌なんだ。「悪い」と手をおろした。

そして立ち上がる。


「1時間も探して見つからねえならもう無理だろ、諦めろ」


「っ、でも」


「いいから、場所を変えるぞ」


「は?」


俺は首にかけていたタオルをやつの頭にかけた。
ちょうど阿比留の瞳を覆ってくれるくらいの大きさだったから。

このまま、こいつの秘密を知ったまま何事もなく帰ることはなんだかもったいないような気もした。

みんなが知らないような秘密を自分が知り得てしまったことへの優越感みたいなものなのかなんなのか。

被せたタオルの端を握って阿比留がゆっくりと立つ。

俺が歩き始めれば黙ってついてきた。
そして小さく息を吸う。



「…タオル汗くさ」


「うっぜ」


部活で吸い込んだ努力の汗だぞ、隣の赤ずきんのような風貌の男を睨む。

口元が少し上がったのが見えた。あ、笑った。


「というかなんで両目落としてんだよ、1人でプロレスでもしてたか?」


「1人でプロレスってできるの?」


「知らん」


クスクスと笑っている阿比留を見つめた。
阿比留とは同じクラスではあるものの、ほとんど話した記憶はない。
俺が一方的にこいつを視界にいれていただけだった。

なんで顔を隠しているんだろう、なんでいつも自信なさげなんだろう、垣間見えるこいつの顔は綺麗なのに、と。
その思いは誰かに言ったことはなかった。

それくらい阿比留の存在は教室の中でも薄く、相手にされていないからだ、まるで阿比留自身がそれを望んでいるかのようだった。

まあ、それの理由も今日でなんとなく分かった気がするけど。


「ここなら誰も来ない」


着いたのは屋上へ向かう途中の階段の踊り場だった。
階段へ座り、隣の空間を軽く叩く。
俺に促されるまま、阿比留は隣に座った。

そしてタオルの端を握りしめてた阿比留の手が緩んだことを確認して、俺はタオルをとり、阿比留の両頬を両手で挟んで強制的に自分の方へ向かせる。


「ちょっ…」


「もっとちゃんと見せろよ」


髪の隙間からのぞく青い瞳の中に自分がうつる。



「なに、ハーフなの?外国の血が入ってるとか?」


「ちっ、ちがう」


「じゃあなんで?」


「俺も知らないよ、手、離せよ」


自由がきかないことに怒りがわいたのか、阿比留の眉間にしわがよった。
俺は言われたとおり手を離したが、背けられる顔を追いかけるようにのぞきこむ。

「もう」と阿比留が俺の顔に手のひらを置いて後ろに追いやった。


「そういう好奇の目を向けられるから隠してるんだ」


「…なるほどな、ごめん」


「意外と素直に謝るんだ…」


周りと同じような反応をしてしまっていることが情けなく、嫌に思えた。少し腰をうかせて縮めていた距離を離す。
阿比留から目を逸らして前をみた。利用できるかも、なんてそんな薄汚いことを考えてどうする。


「コンタクト落としたってことは、日頃つけてるのは目立たないようにするために色ついてるやつつけてるとか、そういう感じ?」


「まあ、うん」


「前髪伸ばして顔隠してるのもそれ隠すため?」


「…うん」


「もっ、」


「も?」



「もったいねえ」という言葉はのみこんだ。