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「ちょっと忘れ物したわ」


部活終わり、どうにもおさまらない額の汗を頭から被っているタオルで適当に拭って俺はそう言った。
俺の少し先でふざけあっている友達2人が怪訝な顔をしてこちらを振り向く。


「須崎、お前忘れ物ってそもそも学校に何か持ってくるような男かあ?脳みそまですっからかんのくせしてよお」


「脳みそすっからかんは言いすぎだ!せめて女と部活だけはこいつの脳には詰めてやれよ!部活かいやらしいことしかこいつの脳にはない!」


「よおし、お前らを殺すという殺意を脳みそに今詰めました。俺がお前らを殺す前にさっさと帰れアホども」


明日には忘れているようなしようもない会話をそこそこに俺は軽く手を振って校舎へと踵を返す。

忘れ物をした。それは本当だった。

というのも、次課題を出さなければ留年を覚悟しておけと担任から言われており、なんならその課題さえ出せばなんとかしてやるからと言われて渡されたプリントを机の中に忘れてきていたことに気づいたからだ。

確かにあいつらの言うとおり、俺の頭の中は空っぽだ。それなりに楽しい学校生活を送り、部活しか脳になくて、いやらしいこと、は、まあ、あれは間違っていると思う。

だって、片隅にいるのは「女」でも「いやらしい」ことでもない。

ただ、俺の視界にはいってくるそいつの存在自体が頭から離れないのだ。


「…なにやってんの、阿比留」


そしてそいつは、今俺の目の前で床に這いつくばっていた。

教室の端で両手をついて床を見つめている。俺が声をかけたことで動いていた頭がとまった。いやまじでなにやってんの。


「なにやってんの、阿比留」


もう一回言った。だがやつは顔を上げない。
そのかわり小さく、くぐもったような声を出した。


「コンタクト、落として…」


コンタクト、落とした。
俺は慌てて自分の片足をあげる。もしかしたら踏んでしまったのではないかと思った。
片足ずつ裏をみてコンタクトがへばりついていないか確認した後、俺はため息をついてそいつの前にしゃがんだ。


「ないと困んの?そんなに目悪い?」


そいつ、阿比留というやつは、いつも1人で本を読んでいるような冴えない男だった。

長い前髪で顔を隠し、目立たないように背を曲げて学校生活を探しているようなそんなやつ。

なのに、俺は不思議とそいつのことが気になっていた。なぜ、そんなの俺にも分からない。

自分とは真逆の位置にいるからかもしれない。


「そんなに、目は悪くない」


「じゃあなんでそんなに必死に探してんの」


「……」


無視。

ため息をついて俺も床に瞳を落とした。


「ここら辺で落としたんだよな、どれくらい前に落としたんだ?どっちの目?」


「1時間前、両目」


「ごめん、ツッコミどころ満載」


いまだに床に顔を向けている阿比留。
こいつは1時間こうやって床と睨めっこしてんのかよ、やばいじゃん。しかも両目って。

というか、


「人と話す時くらい、目合わせろよ」


俺は、そいつの額に手のひらを置いて半ば強引に顔を上げさせた。
俺の手のひらに巻き込まれた髪の毛は抗いようなく上にあがったため、あらわになったそいつの顔と、瞳。

ーーーーえ。


「あお、」


「っ…」


『青』発した言葉に、阿比留が困惑したように瞳を泳がせた。

そして、俺の手を強引に払いのけたため身体が後ろに倒れて床に尻と手を着いた。

追いかけるように跳ねて、阿比留との距離を縮める。


「おいおいおい、なに、どうなってんだよそれ、すげえな、カラコン?」


「…コンタクト落としたって言ったじゃん」


はて、どういう意味だ。
と、使えない頭をなんとか働かせる。



「まさか、自前の目?」


「言い方」