『……そう。それなら、また何かあったらまずここへ連絡して。待ってる』
『連絡したらどうなるの?』
『君のしたいようにする手伝いでもできればいいと思ってるよ』
『……止めるんじゃなくて?』
『止めないさ』



なんて、そんな会話を交わしたのはもう1週間も前の話だ。

あのオッサン――─名前を聞き忘れたからとりあえずそう呼ぶ事にする――─は、私にメアドが書かれた一枚のメモ用紙を手渡して、コーヒーをきちんと飲み干してから店を出て行った。もちろん私の分のお金も払って。

この一週間、私なりにあの時感じた『消えたい』という感情を考えてはみたけれど、どうにも上手く飲み込めなかった。

オッサンに見つめられた時、あの瞳に自分が写っているのを見た時、この行き場のない感情の答えがハッキリと見えたはずなのに。


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「▲▲▲ー。何してるの、行くよー」


 頭上から降ってきた言葉に顔をあげると、複数の不機嫌そうな〝トモダチ〟の顔があった。


「▲▲▲、またボーッとしてたんでしょ」
「ほんと、▲▲▲って変わってるよねー」
「ほら、次移動教室なんだからもう行くよ?」


ぎこちない笑顔を返して席を立つ、この瞬間ほど憂鬱なものは他にないんじゃないだろうか。

 私が席を立つのと同時に彼女たちは教室を出ていこうとこちらに背を向ける。私なんて本当はいなくたって構わないくせに、『4人』っていう安定の人数合わせに私を使っているだけのくせに、まるで私が変わり者かのような言い様に胸の奥がつっかえる。

けれどそれに対して笑みを浮かべることしかできない自分が、本当は一番臆病で情けないこと、自分でよくわかっている。

 春、クラス替えが行われた後の新しいクラスで、上でも下でもない一番ちょうどいい位置にいる私達のグループが出来上がった。

特別派手なわけでもなければ決して地味なわけでもない。下には偉い顔をするし上にはとことん合わせる、そんな3人と一緒になったのはほぼ人数合わせみたいなものだったと思う。

たまたま名簿が近くて席が近かったから。そのグループに入れられて、私はずっと彼女たちと毎日を過ごしている。

いつからだろう。あの子たちのことを名前で呼べなくなったのは。
いつからだろう。あの子たちが呼ぶ自分の名前に、靄(もや)がかかるようになったのは。

元々人に合わせるのが苦手な私はあの子達といるのがとても息苦しかった。でも合わせなきゃって、仲良くしなきゃって、そうやって頑張ってきたのに、いつからかちょっとずつ話が噛み合わなくなって、考え方にズレが出て。なんとなく、3人と私の間に見えない溝ができた。

......嫌われてはいないと思う。けれど、好かれてもいない。

初めに仲良くしてしまったから。グループを作ってしまったから。4人という人数がちょうどいいから。

理由なんて沢山ある。あの子たちが私と〝一緒にいてくれている〟理由。



「▲▲▲、歩くの遅いよー」
「てかさー昨日のドラマやばくなかった?」
「見た見た!ほんとヤバイよねー。私心臓壊れるかと思った」
「超わかる!もうあのシーンがさあ......」


 歩いている歩幅が合わない。狭い廊下で4人並ぶことができない。並ぶ3人の少し後ろを歩く私を、誰もおかしいなんて思わない。


「ねえ、▲▲▲はどう思う?」


だってこれが、私たちの日常だからだ。