頼んだカフェオレに差し込んだストローをゆっくり回すと、コロン、と氷がぶつかる音がした。静かな洒落たカフェだ。居心地は悪くない。


「で、私に何か用なんですか?」
「用っていうか、咄嗟に、ね」
「咄嗟に?」
「死ぬ気なのかと思った」
「......ハハッ、何言ってるのオッサン」


目の前の男が「オッサン」と呼べるほどの年齢かどうかは知らないけれど、少なくともかなり怪しいことには間違いなかった。それなのにこんな所へのこのこ着いてきてしまった自分は馬鹿なのかもしれない。

まだ秋になる寸前だというのに、厚手のパーカーを羽織り、よれよれのジーンズと薄汚れたスニーカーを履いたこの男は見る限りでは今まで生きてきた中で初めて見る顔だと思う。知り合いだから声をかけた、ということはなさそうだ。

天然なのかくるくるのパーマ毛に染めた形跡のない黒髪。髭は生やしているのではなく「剃ってないだけ」といった様子で、清潔感はかけらもない。

けれど目鼻立ちはしっかりしているしスタイルも存外悪くはなかったので、もう少し身なりに気を使えば幾分かマシになるのでは、と仕様もないことを考える。


「何言ってるのって思うよね、普通」


喋り方は落ち着いていた。伏せ目がちに目の前のホットコーヒーを手に取ると、カップにそっと口をつける。髭が邪魔そうだ。


「......でも君、死にそうな目をしてる」


コトリと、コーヒーカップがテーブルに置かれた音と同時に男はそう言った。言い終わってから、こちらへと目線を向けた。その瞳に映った自分の目の色は、やはりさっきと変わっていない。


「......死にそうな、目」


自分の心臓の音が聞こえた。

ドクドクと血が流れている音が聞こえた。

死にそうな目をしていると、そう言った。目の前の、私のことなんて何も知らない髭を生やした不清潔な男の人が。


「違うならいいんだ」


もう一度彼の瞳を見ると、それはとても透き通っているように見えた。まるで晴れた青空が写りこんだ湖のような、そんな色だ。

まっすぐ私を見据えたその瞳に、捕まってみたいと思った。自分でもとても馬鹿げていると思うけれど、自分のことを何も知らないこの人に見透かされたことが、案外嫌な気分ではないことに気づいていたんだ。


「違わない」


オジサン、と呼んでいいのかわからないけれど、彼は私を真っ直ぐ見ていた。私のことを、じっと見つめるように、見ていた。


「......違わない」


その言葉は自分自身に帰ってきて、「あ、わたし死にたかったのか」と何故だか自分の中ですんなりと腑に落ちた。その時初めて、自分が死にたいんだと理解した。

この男の目が、そうさせた。


「そうか」
「自分でも驚いた」
「それでも、君は生きているね」
「......生きていなきゃいけない」
「うん、そんな目をしてる」


一体自分はこの男にどんな風に見えているのだろう。死にそうな目、なんて、そんなものどうしてわかるというのだろう。どうしてわかったというのだろう。

息をするのが窮屈に感じているこの何とも言えない黒い物体の名前がずっとわからなかった。けれどこの男は一瞬でその名前を言い当てた。


わたし、世界から消えたかったのか。