「『ストロング・メディスン』は新薬開発に関わる物語ですが、倫理観の欠如が後戻りできない悲劇を引き起こすという教訓を教えてくれると共に未知の領域に挑む勇気の必要性を教えてくれます。『アメリカが死んだ日』はドキュメントと言った方がいいかもしれませんが、世界大恐慌時の人間ドラマを描いたもので、尽きぬ欲望が悲惨な結末をもたらすことへの警鐘を鳴らしてくれます。この2冊には多くの付箋を貼って何度も読み返しました。私にとっては単なる小説ではなくバイブルだったからです」
 それを聞いて羨ましいと思った。
 わたしにはバイブルのような存在の小説はないのだ。
「もちろん、人によって琴線に触れる内容は違ってきます。恋愛であったり、家族愛であったり、芸術であったり、スポーツであったり、それぞれだと思います。しかし、多くの人が人生の大半を費やす〈仕事〉という側面は決定的に重要だと思っています。それは私がビジネス書に長く関わってきたから言っているのではなく、5,600万人の会社員というデータが厳然として存在するからです」
 5,600万人の会社員が興味を持つ小説か~、それが実現できたら出版業界は一気に活性化するだろうな、と思っていると具体的な内容が示された。
「お仕事小説というジャンルがありますが、私が言っているのはそういうものではありません。会社や上司、同僚といった近視眼的な内容ではなく、もっと大きな夢やロマン、更には社会的問題の解決に向き合うような俯瞰的な内容のことを言っているのです」
 なるほど、そんな小説があったら読んでみたい。
「小説というものをもう一度再構築しなければならないのです。5,600万人の会社員が興味を持つ小説を創り上げなければならないのです。そのためには、ターゲットの明確化が必要です。その上で、新人賞の応募要項を見直す必要があります」