「ソニーのことは先見さんや教授から話を聞いて大体わかったんだけど、ホンダのことは自動車業界に詳しいお父さんに訊いてみようかなって思って」
 すると父は、ふ~ん、というような顔になったが、「何が知りたいんだ?」と言ってからグラスを口に運んだ。
「お父さんって日本の自動車産業の競争力向上に力を入れているのに、実際に乗っているのはBMWよね。なんで日本の車に乗らないの?」
 すると、な~んだ、そんなことか、というふうに目を動かしたが、グラスを置いてからボソッと声を出した。
「乗りたい車がない」
 それだけ言って蒲鉾に箸を伸ばしたが、それを口に入れる前に母が割り込んだ。
「あなたが生まれる前まではホンダの車に乗っていたのよ。確か……」
「プレリュード」
 すぐに父が取り戻した。
 しかし母も負けていなかった。
「カッコ良くてね、すれ違う車がみんなわたしたちのことを見ていたのよ。デートカーって呼ばれていて、若い男女の憧れの車だったの」
 と言われてもピンとこなかった。
 ホンダと言えばN-BOXやN-WGNが有名で、もちろんフィットやフリードなども知ってはいたが、どちらかと言えば軽自動車のイメージが強かったからである。
「あのままいってくれればよかったんだけどな。カッコ良さよりも実用性を追求し始めたから興味がなくなった」
 父が苦々しそうな表情でその後のことを語り始めた。