リビングへ戻ると、父は新聞を畳んで待ち構えていた。
 急かされるようにテーブルにトレイを置いてグラスを父の前に置くと、いそいそと氷を入れて、焼酎を満たしていった。
 そしてマドラーは使わず右手でグラスを持って軽く回して、暫し様子を見てから口に持っていった。
 母を待つ気はないようだ。
「う~ん」
 目を瞑って一人の世界に入っているようだった。
 わたしは呆れて2つのグラスに焼酎を入れて母を待っていると、「お待たせ」という声と共におつまみを運んできた。
 板わさ(・・・)とホタルイカの冲漬けとニシンの酢漬けだった。
 どれも大好物だった。

「これってもしかして」
 マスクを外しながら母はすぐに頷いた。
「宇和島の蒲鉾よ。あなたが来るっていうから取り寄せたの」
 わたしはこの歯応えのある蒲鉾に目がなかった。
 きしきしという感じの噛み応えがたまらないからだ。
 もちろん味は天下一品。
 とにかく最高なのだ。
 いそいそと小皿に醤油とワサビを入れて蒲鉾を箸でつまんだが、その瞬間、思い出した。
 ネットで購入したフェイスシールドを持ってきたことを。
「念のためにこれをするわね」
 マスクを外して身に着けてから2人に渡そうとしたが、父は受け取らなかった。
 母も右手を横に振った。
 まあ普段家の中ではマスクをしない生活をしているだろうから仕方がないかと思って紙袋に戻したが、でもせっかく持ってきたのだから「念のために置いといて」と母に渡し、気を取り直して蒲鉾を口に入れた。