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 どのくらい時間が経っただろうか?
 ほんの数秒かもしれなかったが、わたしには永遠のように思えた。
 そのくらい衝撃を受けていた。
 それに動揺していた。
 いや、固まってしまっていた。
 それだけでなく、彼が早まったことをしてしまったのではないかと凄く心配になった。
 しかし、口からはどんな言葉も出て行かなかった。
 その時、「コーヒーはいかがですか?」といきなり奥さんが現れてテーブルにコーヒーカップを3つ置いた。
「突然辞めるって言い出したから私もびっくりしたんですよ」
 先ほどの話を小耳に挟んでいたのだろうか、しかしそれにしては穏やかな表情を浮かべている。
「あと2年間くらいは顧問としてのんびりするものと思っていましたから」
 奥さんの視線が先見さんに向くと、彼は右手で頭を掻いて奥さんから視線を外した。
「なんの相談もしないでいきなり辞任届を見せたから驚かせちゃって」
 また頭を掻いた。
「実は、知り合いに誘われて別の会社に移ることにしたのです」
 業界の行事等でよく顔を合わせていたライバル会社の社長から誘われたのだという。