コアな小説ファン向けのものはもちろんあって構わないが、今まで置き去りにされてきた5,600万人の会社員に向けた新人賞を作るべきだという。
 それでわかった。
 業界の長期低落を打破するためにはこれまでと違うアプローチが必要だということだ。しかし、
「会社は先見さんの提案を、こんなに素晴らしい提案を前向きに捉えてくれなかったのですね」
「というよりも、馬鹿にされました。何もわかっていない素人が口を出すなと。ビジネス書と小説は売るための難易度が違うのだから黙っておれと。ビジネス書は誰がやってもそこそこ売れるが、小説はそんなわけにはいかないのだと。殿様が百姓を見るような目で(さげす)まれました。しかし私は諦めませんでした。何度も言い続けました。取締役として会社で働く多くの社員を救う責任があるからです。しかし、自らの考えに固執している社長と副社長に何を言っても通じませんでした。最後には変人扱いされてまったく相手にされなくなりました。そして解任されました」
 苦々しく吐き捨てると、グラスを手に持って一気に呷った。
「でももういいんですよ、今の会社のことは。先月末に辞めましたから」
 えっ! 
 辞めた? 
 ウソ! 
 そんな……、
 突然のことに頭が混乱してしまった。
 しかし、彼の顔には怒りはなく、笑みさえ浮かべていた。
 信じられない思いが充満したわたしは二の句が継げず、これ以上は無理というほど大きく目を開けて彼を見つめるしかなかった。