「おーい、綾瀬」
 クラスメイトの丹羽に呼ばれて振り返る。もう高三にもなると、入学式なんてただ眠くてだるい行事でしかない。「うーい」と返しながらあくびした。
「まじでだる……」
 巧が言うと、「なー」と丹羽も同意した。地元に戻って三年になるが、入学式でそわそわしたり変に高揚したり、逆に億劫にもなるのは一年のころだけで、今や入学式は流れ作業でしかない。校長の実にならない長ったるい話に、新入生代表挨拶、在校生代表挨拶くらいになると、船を漕いでいる未来しか見えない。
「早く部活行きてえー」
「目指せベスト8」
 おー、と気の抜けた声で丹羽は言う。彼とは同じバスケ部で、バスケの話もできるから一緒にいると気楽だった。探しても見つからない、だれかのことを思い出さずにすんで。
「おー、今年もイキってるやついんね」
 講堂に行く途中、丹羽がブレザーのポケットに手を突っ込んで一年生を眺めながら笑って言う。自分だってそこそこなくせに、同類を見つけたみたいに喜んでいた。だらだら並ぶ新入生を横目で見ながら、たしかにそうだなあ、と思った。茶髪、ピアスを耳にがんがん開けている男、女子生徒も鏡を見て身だしなみをチェックしていた。
「あー、さっそく山センに捕まってるやついるわ、かわいそ。見逃したれや」
 あきれながら丹羽が言う。「一番イキってんの山センじゃね?」と巧がこっそり耳打ちすると、「生徒いびってるときが一番輝いてるもんな」と丹羽は笑った。数メートル先に、生徒指導部の山センこと体育教師の山本にがみがみ言われている男がいた。ご愁傷さま、と心のなかで唱えながら、山センの低い威圧的な声を聞く。
「おい、ネクタイを締めろ。おまえ名前は?」
「浅野す」
 低く返す声に、巧は目を見開く。浅野と聞こえ、生活指導に捕まっている新入生を見た。耳に三つのピアス、サイドだけツーブロックだけど、耳にかからないくらいざっくりと髪が下りている。前髪は目の上あたりで、だけどあのころのあの子の面影はしっかり残っていた。
「浅野だけじゃわからんだろ。下の名前は? 何組だ」
「一年五組。浅野瀀」
 その目は、たしかに巧を見ていた。