「良かったね」
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべ、笑った。
「ふふっ……」
目の前に座っているばあちゃんも俺の笑顔を見て笑ってくれた。
「……じゃ、寝る支度をしようね」
「はい」
俺はハキハキとした気持ちの良い返事をして、素早く立ち上がる。
真後ろにある学習机の上に母親からの入学祝いを置いてから、部屋の隅に畳んでいた布団へと向かおうとした……。
「ばあちゃんっ……!」
すでにばあちゃんが布団を抱え、敷き布団を敷いていた。
「いいよ、自分で出来るからっ!」
俺が『いい子』じゃないと……ダメなんだっ!!
自分の出来ることは自分でやらなくちゃっ……!!
ばあちゃんとじいちゃんには迷惑をかけない。
かけてはいけない……。
そもそも……俺が『いい子』じゃないと……母親が帰ってこない……。
4人で、一緒に暮らせない……。
「たまには……」
「でっ、でもっ……!」
そうこう言っている間に……ばあちゃんはさっさと、布団を敷き終えてしまった……。
「……隆ちゃん」
名前を呼び、俺と目線を合わせるためにばあちゃんがしゃがみこむ。
すっ……と、腕をのばし、両手で俺の手を握りしめた。
少し荒れたしわくちゃな手はとても……あたたかかった……。
「……母親がいなくなって、ずっと……無理してない……?」
「ーーっ……!」
「ちょっと位……甘えたり、我が儘を言ったって、いいのよ。母親がいない淋しさを完全に埋めてあげることはできないけど……じいちゃんもばあちゃんも隆ちゃんが元気で、楽しく毎日を過ごしてもらいたい……と、ずっと願っているのよ。これからも……その気持ちは変わらないからね」
「……っ……」
「ゆっくり、寝なさいね」
コクリ……と、頷くことしか、出来なかった……。
じいちゃんとばあちゃんの気持ちを初めて聞いた。
……どうして、そんな……優しいことを願い続けているのだろう……。
なんで今、俺に伝えたのだろうか……。
2人の優しさが分からなかった……。
元はといえば……俺のせい、なのに……。
じいちゃんもばあちゃんも1度も……俺を責めることも邪魔者扱いすることもなかった……。
きっと……俺よりも大人だから、感情を上手くコントロールして、沸々と心の奥底にあるであろう……
俺に対する怒りや憎しみを押し殺しているんだ……と、思っていた。
だから……ばあちゃんの言葉を聞き、2人の気持ちを知っても素直に嬉しいと思えなかった……。
むしろ……2人には悪いが疑ってしまっていた……。
「ほらっ、お布団に入って」
ばあちゃんに言われるがまま……俺は布団に入った。
「消すね」
俺の身長でも電気が消せるように長くしたヒモをばあちゃんが引っ張る。
煌々とついていた明かりが消え、小さな豆電球に変わると……先程よりも部屋が暗くなり、かろうじて……周りの様子がぼんやりと分かる程度になった。
「ばっ、ばあちゃんっ!」
俺は布団に入ったまま……部屋を出ていこうとするばあちゃんの背中に向かって叫んだ。
本来なら……布団から出てきちんと面と向かって話すべきなことは分かっていた。
けれど、そうしなかったのは……
『ほらっ、お布団に入って』
と、さっきばあちゃんの言った言葉を無視するような気がしてならなかったから……。
「……?」
ばあちゃんの動きが止まり、ゆっくりと振り返って俺を見た。
俺は言葉を捲し立てるように言った。
「布団を敷いてくれて、ありがとう。おやすみなさい」
部屋が薄暗くて、距離もあったからよく見えなかったけど……ばあちゃんの口許が微かに緩んだように見えた。
「おやすみなさい」
静かにドアが閉まった。
とんとん……。
ばあちゃんが2階から降りてゆく足音が次第に遠くなり……聞こえなくなった。
俺は、布団の中から抜け出し、学習机の上に置いたハンカチを手にする。
母親……。
ハンカチを大事に握りしめ、再び……布団の中へと潜り込んだ。
本当は……1人で寝るのが淋しくて、怖くて……しかたなかった……。
ガタゴトと、窓を激しく揺らす風の強い夜……。
たくさんの雨がザァーと大きな音を立てて、屋根を打ちつける夜……。
雷が遠くでも、近くでもゴロゴロと鳴っている夜……。
そんな夜は……いつも以上に身を縮こませて布団の中に潜り込み、ガタガタと震えながら、『早く、早く……寝よう、寝るんだ……。寝ろっ!!』と、自分に言い聞かせながら寝ていた……。
寝てしまえば怖くないから……。
そして。
そんな夜には、必ず……ばあちゃんが1人で寝る俺を心配して、2階に上がる前に声をかけてくれた。
「淋しくない? 怖くない? ばあちゃんで良かったら、一緒に寝るよ」と。
「ううん、大丈夫」
そう、声をかけられる度に……平気な顔をして答えていた。
今日からは淋しくないし、怖くもない。
何故なら母親がくれたハンカチがあるから……。
甘い薔薇の香水……。
それはまるで……すぐ傍に母親がいるような……安心感を与えてくれた。
俺は嬉しさと幸せを噛みしめながら、ゆっくり……と、心地よい眠りへと誘われていったーー……。
「うんっ!」
満面の笑みを浮かべ、笑った。
「ふふっ……」
目の前に座っているばあちゃんも俺の笑顔を見て笑ってくれた。
「……じゃ、寝る支度をしようね」
「はい」
俺はハキハキとした気持ちの良い返事をして、素早く立ち上がる。
真後ろにある学習机の上に母親からの入学祝いを置いてから、部屋の隅に畳んでいた布団へと向かおうとした……。
「ばあちゃんっ……!」
すでにばあちゃんが布団を抱え、敷き布団を敷いていた。
「いいよ、自分で出来るからっ!」
俺が『いい子』じゃないと……ダメなんだっ!!
自分の出来ることは自分でやらなくちゃっ……!!
ばあちゃんとじいちゃんには迷惑をかけない。
かけてはいけない……。
そもそも……俺が『いい子』じゃないと……母親が帰ってこない……。
4人で、一緒に暮らせない……。
「たまには……」
「でっ、でもっ……!」
そうこう言っている間に……ばあちゃんはさっさと、布団を敷き終えてしまった……。
「……隆ちゃん」
名前を呼び、俺と目線を合わせるためにばあちゃんがしゃがみこむ。
すっ……と、腕をのばし、両手で俺の手を握りしめた。
少し荒れたしわくちゃな手はとても……あたたかかった……。
「……母親がいなくなって、ずっと……無理してない……?」
「ーーっ……!」
「ちょっと位……甘えたり、我が儘を言ったって、いいのよ。母親がいない淋しさを完全に埋めてあげることはできないけど……じいちゃんもばあちゃんも隆ちゃんが元気で、楽しく毎日を過ごしてもらいたい……と、ずっと願っているのよ。これからも……その気持ちは変わらないからね」
「……っ……」
「ゆっくり、寝なさいね」
コクリ……と、頷くことしか、出来なかった……。
じいちゃんとばあちゃんの気持ちを初めて聞いた。
……どうして、そんな……優しいことを願い続けているのだろう……。
なんで今、俺に伝えたのだろうか……。
2人の優しさが分からなかった……。
元はといえば……俺のせい、なのに……。
じいちゃんもばあちゃんも1度も……俺を責めることも邪魔者扱いすることもなかった……。
きっと……俺よりも大人だから、感情を上手くコントロールして、沸々と心の奥底にあるであろう……
俺に対する怒りや憎しみを押し殺しているんだ……と、思っていた。
だから……ばあちゃんの言葉を聞き、2人の気持ちを知っても素直に嬉しいと思えなかった……。
むしろ……2人には悪いが疑ってしまっていた……。
「ほらっ、お布団に入って」
ばあちゃんに言われるがまま……俺は布団に入った。
「消すね」
俺の身長でも電気が消せるように長くしたヒモをばあちゃんが引っ張る。
煌々とついていた明かりが消え、小さな豆電球に変わると……先程よりも部屋が暗くなり、かろうじて……周りの様子がぼんやりと分かる程度になった。
「ばっ、ばあちゃんっ!」
俺は布団に入ったまま……部屋を出ていこうとするばあちゃんの背中に向かって叫んだ。
本来なら……布団から出てきちんと面と向かって話すべきなことは分かっていた。
けれど、そうしなかったのは……
『ほらっ、お布団に入って』
と、さっきばあちゃんの言った言葉を無視するような気がしてならなかったから……。
「……?」
ばあちゃんの動きが止まり、ゆっくりと振り返って俺を見た。
俺は言葉を捲し立てるように言った。
「布団を敷いてくれて、ありがとう。おやすみなさい」
部屋が薄暗くて、距離もあったからよく見えなかったけど……ばあちゃんの口許が微かに緩んだように見えた。
「おやすみなさい」
静かにドアが閉まった。
とんとん……。
ばあちゃんが2階から降りてゆく足音が次第に遠くなり……聞こえなくなった。
俺は、布団の中から抜け出し、学習机の上に置いたハンカチを手にする。
母親……。
ハンカチを大事に握りしめ、再び……布団の中へと潜り込んだ。
本当は……1人で寝るのが淋しくて、怖くて……しかたなかった……。
ガタゴトと、窓を激しく揺らす風の強い夜……。
たくさんの雨がザァーと大きな音を立てて、屋根を打ちつける夜……。
雷が遠くでも、近くでもゴロゴロと鳴っている夜……。
そんな夜は……いつも以上に身を縮こませて布団の中に潜り込み、ガタガタと震えながら、『早く、早く……寝よう、寝るんだ……。寝ろっ!!』と、自分に言い聞かせながら寝ていた……。
寝てしまえば怖くないから……。
そして。
そんな夜には、必ず……ばあちゃんが1人で寝る俺を心配して、2階に上がる前に声をかけてくれた。
「淋しくない? 怖くない? ばあちゃんで良かったら、一緒に寝るよ」と。
「ううん、大丈夫」
そう、声をかけられる度に……平気な顔をして答えていた。
今日からは淋しくないし、怖くもない。
何故なら母親がくれたハンカチがあるから……。
甘い薔薇の香水……。
それはまるで……すぐ傍に母親がいるような……安心感を与えてくれた。
俺は嬉しさと幸せを噛みしめながら、ゆっくり……と、心地よい眠りへと誘われていったーー……。