それから、数日後ーー……。

母親(あのひと)は家に帰ってこなかった。

以前から…母親(あのひと)が数日間、家をあけることはよくあった。

その度に……。

じいちゃんは……『また……いつものことか……』と、呆れ、少し不機嫌になる。

ばあちゃんは娘のことを心配すると共に……母親(あのひと)が側にいないことに淋しさを感じているのでは……と、俺のことを不憫(ふびん)に思い、何かしら気にかけてくれた。

俺は、母親が抱きしめてくれたこと(あのしゅんかん)を思い出しては……淋しさを紛らわしていた。

1週間後ーー……。

じいちゃんにバレないように……ばあちゃんはこっそり『娘がいるかもしれない……』と、思いあたる場所(ところ)へ赴いたり、電話をかけ続けていた。

しかし……『見ていない』『知らない』と、言われるばかりだった……。

母親(あのひと)の携帯電話にも度々、電話をかけていたが……出ることはなく、
挙げ句の果てには……『現在使われていない……』と、機械的なアナウンスが流れてくる始末だった……。

完全にこちら側からの母親(あのひと)との連絡手段が途絶えてしまった……。

さらに、2週間後ーー……。

1ヶ月……が、過ぎていった……。

その(あいだ)……母親(あのひと)からの連絡は一切なかった……。

どこで、何をしているのか……。
事故や事件に巻き込まれたのか、そうでないのか……。
生きているのか、それとも……。

万が一のことも考え……ばあちゃんはじいちゃんには内緒で警察に行き、母親(あのひと)の行方不明届けを提出した。
俺は……なかなか家に帰ってこない母親(あのひと)に対して、不安と淋しさを募らせていった……。

いくら母親が抱きしめてくれたこと(あのしゅんかん)を思い出しては、淋しさを紛らわしていたとはいえ……1ヶ月も母親(あのひと)の姿を目にしなければ……『会いたい……』と、思うのは……ごく自然なことだった。

「ママっ……」

2階の部屋の隅で1人。

誕生日に母親(あのひと)がプレゼントしてくれたおもちゃの車を抱え、微かに呟く……。

「……」

返事は、ない……。

「ママっ……!」

もう一度……。
今度は声を絞り出すように……叫んだ。

ーーいい子に……ーー

不意に、耳にした言葉(こえ)……。

「ーーっ!」

俺は目を見開き、息を呑んだ……。

ーーいい子に、しててね……ーー

母親(あのひと)が紡いだ言葉が、鮮明に蘇る……。

あっ、そうか……。
俺が……いい子にしてないから……。

子ども心にそう、思った。

俺のせいだ……。

母親(あのひと)が家に帰ってこないのも。
じいちゃんが呆れ果て、不機嫌そうに日々を過ごしているのも。
ばあちゃんが娘のことを心配し、母親(あのひと)が側にいない俺のことを気にかけ、不憫(ふびん)に思い続けているのも。

全部……。

いい子、に……していない……俺のせい……。
その日を境に……俺は必死に考えた。
子どもの考えることなんて……たかが知れている。

でも……あの時の俺は、必死だったんだ。

母親(あのひと)とじいちゃん、ばあちゃん、俺の4人が、もう一度……1つ屋根の下で仲良く笑顔で暮らせるようになるには、俺がいい子じゃないといけない……と。

だから……率先してお手伝いをし、我が儘や泣き言を言うのをやめた。

じいちゃんやばあちゃんの手を煩わせることなく、自分が出来ることは何でも進んでやった。

悲しませないように、怒られたりしないように……常に祖父母の顔色を伺いながら……笑顔を絶やさずに過ごしていた

そうすれば……母親(あのひと)が家に帰ってくると思ったんだ。

母親(あのひと)中浦家(いえ)に帰ってくれば……じいちゃんの機嫌は直り、ばあちゃんは喜び、安心してくれる……と。

俺は、そんな祖父母(ふたり)の姿を見たかったし、叶うことなら……母親(あのひと)にもう一度、名前を読んでほしかった。
そして……。
優しく抱きしめてほしかったんだ。

あの日と、同じようにーー……。