「ーー隆弥……」
ソプラノの高く柔らかな声音に、俺は勢いよく布団から飛び起きた……。
また、か……。
チクッ……と、胸を締めつける切ない痛み。
……どうして……?
幼心に……母親を恋しいと思っていた心残りからなのか……。
身体はべっとりと……嫌な汗をかいていて、Tシャツがぐっしょりと濡れて肌に張りついていた……。
気持ちが悪い……。
反吐が出そうだ……。
母親の夢を……見るなんて……。
片手で胸元を流れる汗をTシャツ越しに拭い、もう一方の手で頭を抱えた。
忘れかけた頃に、ふっ……と見る夢。
幼き日の記憶……。
今もなお、断片的で朧気な幼少期の記憶……その中で妙にはっきりと色鮮やかに覚えている記憶があるのは……母親のせい。
あの日は確か……珍しく母親と2人っきりだった。
多分……じいちゃんは仕事で、ばあちゃんは夕食の買い物に出かけていて、家にはいなかったと思う……。
俺は2階にある1部屋は元々……母親の部屋だった。
俺は母親と一緒にその部屋を使っていた。
……と、言っても、その部屋を使っていたのは主に俺で母親は……服や鞄、化粧品、装飾品の小物類等の荷物の管理部屋として使用するだけでこの部屋で過ごすことはなかった……。
俺はその部屋の隅でおもちゃの車を手で走らせて、1人遊びをしていた。
不意に……母親が部屋の中に入ってきて、滅多と口にしない俺の名前を呼んだ。
そのまま……母親は俺の側に来た。
膝をつき、しゃがみこむと……俺に向かって両腕をのばした。
「……っ!」
ぎゅっ……と、母親は優しく俺を抱きしめた…。
俺は一瞬……何が起こったのか、分からなかった……。
普段から話しかけられることも……まして、母親が俺に触れることすら、なかったから……。
状況が理解できずに、ただ……目を見開き、驚くばかりだった。
「……いい子に……」
「……」
「……いい子に、しててね……」
片手で俺の頭を撫でながら、耳許で微かに囁かれた言葉。
俺が覚えている限り……間近で、『母親』という存在を感じたのは……あの時が最初で最後、だと……思う……。
ソプラノの声。
ふわっと、柔らかな体温。
さらり…と、揺れた長い髪。
甘い薔薇の香水。
その心地よさに安心感を覚え、自らも手をのばし、母親の身体に抱きつこうとした瞬間……。
すっーーと、母親は俺から離れた……。
何事もなかったように……母親は部屋のドアまで行き、振り向くことなく……去り際に、一言……告げた。
「……じゃーね」
俺はてっきり……母親はいつものように仕事に行くんだ……と、思った。
だから……
「うんっ!」
母親に向かって……コクリと、頷いた。
そして……
無邪気な笑顔を浮かべて、大きく手を振りながら見送ったんだーー……。
嬉しかった。
ほんの一瞬のこと……なのに。
母親が抱きしめてくれた時は……幼いこともあって俺は嬉しくて……たまらなかったんだ。
母親がいなくなった部屋に、1人。
ポツン……と、取り残された形になったけど……いつものような淋しさは感じなかった。
心が満たされていたから……。
母親の柔らかな声と優しい体温。
さらっ……と、流れた長い髪。
甘い薔薇の香水。
その全てを忘れてしまわぬように……何度も、何度も……あの光景を繰り返し思い出しては、母親がくれた幸せな瞬間を噛みしめた。
俺は……『母親に、愛されているんだ』と……本気で、強く思っていたんだ…。
今、思えば……。
まんまと……母親の思惑にはまってしまっていたんだ。
母親の甘い言葉と優しい体温に包まれ、脳が完全に麻痺し、錯覚を起こしていたにすぎない…。
そんな些細なことに、浮かれるなんて……やっぱり、子どもだったんだな……って、つくづく思う。
単純すぎた、馬鹿な俺。
その事に気がつくのは、もう少し先のことーー……。
ソプラノの高く柔らかな声音に、俺は勢いよく布団から飛び起きた……。
また、か……。
チクッ……と、胸を締めつける切ない痛み。
……どうして……?
幼心に……母親を恋しいと思っていた心残りからなのか……。
身体はべっとりと……嫌な汗をかいていて、Tシャツがぐっしょりと濡れて肌に張りついていた……。
気持ちが悪い……。
反吐が出そうだ……。
母親の夢を……見るなんて……。
片手で胸元を流れる汗をTシャツ越しに拭い、もう一方の手で頭を抱えた。
忘れかけた頃に、ふっ……と見る夢。
幼き日の記憶……。
今もなお、断片的で朧気な幼少期の記憶……その中で妙にはっきりと色鮮やかに覚えている記憶があるのは……母親のせい。
あの日は確か……珍しく母親と2人っきりだった。
多分……じいちゃんは仕事で、ばあちゃんは夕食の買い物に出かけていて、家にはいなかったと思う……。
俺は2階にある1部屋は元々……母親の部屋だった。
俺は母親と一緒にその部屋を使っていた。
……と、言っても、その部屋を使っていたのは主に俺で母親は……服や鞄、化粧品、装飾品の小物類等の荷物の管理部屋として使用するだけでこの部屋で過ごすことはなかった……。
俺はその部屋の隅でおもちゃの車を手で走らせて、1人遊びをしていた。
不意に……母親が部屋の中に入ってきて、滅多と口にしない俺の名前を呼んだ。
そのまま……母親は俺の側に来た。
膝をつき、しゃがみこむと……俺に向かって両腕をのばした。
「……っ!」
ぎゅっ……と、母親は優しく俺を抱きしめた…。
俺は一瞬……何が起こったのか、分からなかった……。
普段から話しかけられることも……まして、母親が俺に触れることすら、なかったから……。
状況が理解できずに、ただ……目を見開き、驚くばかりだった。
「……いい子に……」
「……」
「……いい子に、しててね……」
片手で俺の頭を撫でながら、耳許で微かに囁かれた言葉。
俺が覚えている限り……間近で、『母親』という存在を感じたのは……あの時が最初で最後、だと……思う……。
ソプラノの声。
ふわっと、柔らかな体温。
さらり…と、揺れた長い髪。
甘い薔薇の香水。
その心地よさに安心感を覚え、自らも手をのばし、母親の身体に抱きつこうとした瞬間……。
すっーーと、母親は俺から離れた……。
何事もなかったように……母親は部屋のドアまで行き、振り向くことなく……去り際に、一言……告げた。
「……じゃーね」
俺はてっきり……母親はいつものように仕事に行くんだ……と、思った。
だから……
「うんっ!」
母親に向かって……コクリと、頷いた。
そして……
無邪気な笑顔を浮かべて、大きく手を振りながら見送ったんだーー……。
嬉しかった。
ほんの一瞬のこと……なのに。
母親が抱きしめてくれた時は……幼いこともあって俺は嬉しくて……たまらなかったんだ。
母親がいなくなった部屋に、1人。
ポツン……と、取り残された形になったけど……いつものような淋しさは感じなかった。
心が満たされていたから……。
母親の柔らかな声と優しい体温。
さらっ……と、流れた長い髪。
甘い薔薇の香水。
その全てを忘れてしまわぬように……何度も、何度も……あの光景を繰り返し思い出しては、母親がくれた幸せな瞬間を噛みしめた。
俺は……『母親に、愛されているんだ』と……本気で、強く思っていたんだ…。
今、思えば……。
まんまと……母親の思惑にはまってしまっていたんだ。
母親の甘い言葉と優しい体温に包まれ、脳が完全に麻痺し、錯覚を起こしていたにすぎない…。
そんな些細なことに、浮かれるなんて……やっぱり、子どもだったんだな……って、つくづく思う。
単純すぎた、馬鹿な俺。
その事に気がつくのは、もう少し先のことーー……。