譜久原奏翔様
　はじめまして。私は高吹柚美と申します。抱いていた赤ん坊の名は十唱です。
　私たちは、あなたのお父様、佐竹暁則様の運転するトラックに轢かれました。その時、十唱はまだ私のお腹の中にいました。事故によって私は植物状態となり、十唱は命を失いました。
　幽霊となった私は、どうすれば元の身体に戻れるのか、十唱が天国へ行けるのかを神様に尋ねようとしました。
　しかし、現れたのは神様ではなく、亡くなった母でした。
「孫の楓音が救われれば、元の身体に戻れるし、十唱も天国へ行ける」
　母はそう言い、神様からその伝言を受け取ったそうです。
　ですので、お願いがあります。どうか、私の娘を助けてください。
　見返りとして、神様の力により、あなたには私の娘の声が聞こえるようになります。
　信じられないかもしれませんが、娘に声をかけてみてください。その時、あなたには彼女の声が聞こえるはずです。
　ただし、それは永遠ではありません。彼女が救われた時、あなたの耳には再び音が届かなくなるでしょう。
　母は天国からあなたを見つけ出し、あなたなら娘を救えると期待しています。 　
　どうか、私の娘をお願いします。
　　高吹柚美、十唱より
　信じがたい内容だったが、もし本当ならばと心の片隅で期待し、楓音という少女を探す決意を固めた。彼女を助けたら、今度こそ死のうと決めていたからだ。
　だが、簡単に見つかるはずもなく、日々は過ぎ、高校受験が迫っていた。それでも彼女がどこかにいると信じ、勉強に没頭するしかなかった。
「た、高吹楓音です。耳が過敏なので、防音イヤーマフをつけています。静かな声で話してください。め、面倒なら、話しかけないでください……」
　それが、俺が初めて聞いた人の声だった。ちょうど担任に校内を案内されていた時、廊下にその声が響いてきた。黒髪で鎖骨まで伸びた髪、垂れ目がちな瞳、そして控えめな声が印象的だった。
　顔をうつむかせ、不安げにしどろもどろな様子が目に入った。頭にかけられたイヤーマフは黒と紫が特徴的で、彼女の「防音イヤーマフ」だとすぐにわかった。
　後で調べたところ、特定の音に過敏に反応する「ハイパーカウシス」という状態らしい。疲労や不安で悪化するという説明に、彼女の苦しみを少しだけ理解できた気がした。
　俺はその瞬間、すべてに心を奪われた。そして気づけば、彼女に恋をしていた。手紙に書かれていたことが本当だった。願いが叶った喜びで、楽采に話さずにはいられなかった。ただ、「助けたら死のう」という決意だけは黙っていた。
「へえ、マジかよ！それって奇跡じゃん。よかったな！」
　楽采は驚きながらも笑顔を見せ、さらに予想外の提案をしてきた。
「じゃあさ、試しに付き合ってみたら？」
　そのまさかの提案に、俺はただ驚くばかりだった。