未弦と弓彩の演奏が終わると、客席から拍手が沸き起こり、それを尻目に楽屋へ楽器を置きにきたふたりは、それぞれマイクを取って次の曲の紹介を始めた。その間に、三羽先輩と泉平くんが舞台に上がり、今度はトランペットとクラリネットの二重奏が始まった。
三羽先輩はトランペットを力強く、鋭く響かせて空間を明るく照らし出す。その中にクラリネットの柔らかく温かみのある音色が溶け込んでいく。三羽先輩が力強くメロディーを奏でると、泉平くんはその後を優しく受け止め、甘美なハーモニーを加えていく。その音楽は、異なる音色のコントラストが美しい調和を生み出していた。交互にメロディーを織り交ぜながら、まるで動的な会話のように感じられ、私の心を掴んで離さなかった。普段はじゃれ合っているバカップルのふたりだが、彼らが奏でる音楽には立体感があり、まるで二つの異なる世界が融合するように、リズミカルでありながら繊細な感情を描き出していた。
その迫力と、段々と近づいてくる自分たちの出番に、プレッシャーを感じていた。
「今回はコンクールじゃないから、別に金賞とか目指すものはないし、気楽にいこうな」
私の様子を察したのか、奏翔は落ち着けと優しく声をかけてきた。オープニングの時にうねうねと動いていた手は止まり、彼は私に寄り添うような目線を向けていた。しかし、それはすぐに曇りを見せた。
「……と言いたいところなんだけど、県のテレビ局も来てるし、何より楽采の曲が演奏されるって噂を聞きつけて、レコード会社の人たちも観客の中にいるんだ。だから、いつも通りのパフォーマンスじゃ済まないかもしれないな」
奏翔は不満を漏らすようにぼやいた。確かに、楽采の曲は音楽の知識に疎い私から見ても魅力的だ。曲のタイトルは、小説にもありそうな題名から【君は君】といった、奏翔が言いそうな言葉にちなんでつけられている。
メロディーはクラシック調で、全体的にゆったりとしている。オルゴールにしてしまうと、無意識に寝入るほどの心地よさだ。それだけでなく、曲は繊細で表現豊かで、時には楽しげな旋律も顔を覗かせる。そのため、聞き心地はとても良い。まるで心の奥底に響くような音楽で、聞く人を夢の世界へと誘ってくれる。それでいて、泣いている人に寄り添うように温かい。
そんな曲をこの後、奏翔と弾く予定なのだが、彼の発言は私の中のプレッシャーや不安、焦りを一層重くさせた。
「あと、うちのクラスメイト全員呼んであるから。楓音が出たら、教室に帰ったときには絶対話題になるよ」
未弦が割り込んできて、あまりの重さに「え……」と思わず言葉を失う。さすが学級委員で、クラスの人気者で、優等生で姉御肌な彼女らしい振る舞いだ。いきなり知らない場所に入る私を気遣って、そうしてくれたのだろう。もしそうなら、友達作りに困ることはなさそうだが、それは今日の演奏によって左右される。彼女の思いやりが、私にとってどれほど心強いものかを感じながらも、不安が募った。
「大丈夫」
けれど、安心させるように奏翔が私の手を両手でぎゅっと包み込みながら、囁くように声をかけてきた。それからまた口を開く。
「100%の中の1%だけでもいい。いや、それ以下でも構わないんだ。自分の音楽に自信を持て。俺は耳が聞こえないハンデがあるからか、どうしても自分を卑下しがちで、いつも自己評価が低いって言われる。でも、誰かのためにピアノを弾くときだけでも、少しでも自信を持とうとしてるんだ。たとえ焦りや不安が99%あっても、1%の自信があれば指は動く。譜面を間違えても、この瞬間を楽しむことを忘れずにいれば、その思いが現実を覆す力になることだってあるから」
奏翔が向けてくる眼差しはまっすぐで、言葉は力強く私の心へと響く。その途端に鳥肌が立ち、すっと心が軽くなった気がした。
たったの1%でいい。
その言葉が私の背中を強く押してくれた。
そういえば、私はテストを解く時、1位を目指すことしか考えてなくて、いつまでもそれを取れないことに不安や焦りが増すばかりだった。
そして、全く自信を持たず、解答用紙とにらめっこを永遠としていた。間違えないように細心の注意を払うばかりで、間違っても解くことを楽しんで努力したことはなかった。だからこそ順位が上がったりしなかったのかもしれない。
誰かに向けてピアノを弾くこと。
頭の中で記憶の引き出しをあさりながら、目の前の問題を解くこと。
それは全然違うようで、実は似ているのかもしれない。
「……そっか。わかった。少しだけなら持てるかも」
強く頷きながらそう言葉にした。
「うん、それでいい」
奏翔は私が正気を取り戻したことに安堵を覚えたように頷き返してくれた。
三羽先輩はトランペットを力強く、鋭く響かせて空間を明るく照らし出す。その中にクラリネットの柔らかく温かみのある音色が溶け込んでいく。三羽先輩が力強くメロディーを奏でると、泉平くんはその後を優しく受け止め、甘美なハーモニーを加えていく。その音楽は、異なる音色のコントラストが美しい調和を生み出していた。交互にメロディーを織り交ぜながら、まるで動的な会話のように感じられ、私の心を掴んで離さなかった。普段はじゃれ合っているバカップルのふたりだが、彼らが奏でる音楽には立体感があり、まるで二つの異なる世界が融合するように、リズミカルでありながら繊細な感情を描き出していた。
その迫力と、段々と近づいてくる自分たちの出番に、プレッシャーを感じていた。
「今回はコンクールじゃないから、別に金賞とか目指すものはないし、気楽にいこうな」
私の様子を察したのか、奏翔は落ち着けと優しく声をかけてきた。オープニングの時にうねうねと動いていた手は止まり、彼は私に寄り添うような目線を向けていた。しかし、それはすぐに曇りを見せた。
「……と言いたいところなんだけど、県のテレビ局も来てるし、何より楽采の曲が演奏されるって噂を聞きつけて、レコード会社の人たちも観客の中にいるんだ。だから、いつも通りのパフォーマンスじゃ済まないかもしれないな」
奏翔は不満を漏らすようにぼやいた。確かに、楽采の曲は音楽の知識に疎い私から見ても魅力的だ。曲のタイトルは、小説にもありそうな題名から【君は君】といった、奏翔が言いそうな言葉にちなんでつけられている。
メロディーはクラシック調で、全体的にゆったりとしている。オルゴールにしてしまうと、無意識に寝入るほどの心地よさだ。それだけでなく、曲は繊細で表現豊かで、時には楽しげな旋律も顔を覗かせる。そのため、聞き心地はとても良い。まるで心の奥底に響くような音楽で、聞く人を夢の世界へと誘ってくれる。それでいて、泣いている人に寄り添うように温かい。
そんな曲をこの後、奏翔と弾く予定なのだが、彼の発言は私の中のプレッシャーや不安、焦りを一層重くさせた。
「あと、うちのクラスメイト全員呼んであるから。楓音が出たら、教室に帰ったときには絶対話題になるよ」
未弦が割り込んできて、あまりの重さに「え……」と思わず言葉を失う。さすが学級委員で、クラスの人気者で、優等生で姉御肌な彼女らしい振る舞いだ。いきなり知らない場所に入る私を気遣って、そうしてくれたのだろう。もしそうなら、友達作りに困ることはなさそうだが、それは今日の演奏によって左右される。彼女の思いやりが、私にとってどれほど心強いものかを感じながらも、不安が募った。
「大丈夫」
けれど、安心させるように奏翔が私の手を両手でぎゅっと包み込みながら、囁くように声をかけてきた。それからまた口を開く。
「100%の中の1%だけでもいい。いや、それ以下でも構わないんだ。自分の音楽に自信を持て。俺は耳が聞こえないハンデがあるからか、どうしても自分を卑下しがちで、いつも自己評価が低いって言われる。でも、誰かのためにピアノを弾くときだけでも、少しでも自信を持とうとしてるんだ。たとえ焦りや不安が99%あっても、1%の自信があれば指は動く。譜面を間違えても、この瞬間を楽しむことを忘れずにいれば、その思いが現実を覆す力になることだってあるから」
奏翔が向けてくる眼差しはまっすぐで、言葉は力強く私の心へと響く。その途端に鳥肌が立ち、すっと心が軽くなった気がした。
たったの1%でいい。
その言葉が私の背中を強く押してくれた。
そういえば、私はテストを解く時、1位を目指すことしか考えてなくて、いつまでもそれを取れないことに不安や焦りが増すばかりだった。
そして、全く自信を持たず、解答用紙とにらめっこを永遠としていた。間違えないように細心の注意を払うばかりで、間違っても解くことを楽しんで努力したことはなかった。だからこそ順位が上がったりしなかったのかもしれない。
誰かに向けてピアノを弾くこと。
頭の中で記憶の引き出しをあさりながら、目の前の問題を解くこと。
それは全然違うようで、実は似ているのかもしれない。
「……そっか。わかった。少しだけなら持てるかも」
強く頷きながらそう言葉にした。
「うん、それでいい」
奏翔は私が正気を取り戻したことに安堵を覚えたように頷き返してくれた。