愛琉は峻をまっすぐに見つめていた。
 峻は息を呑んで状況を頭の中で整理しようとするが、混乱して何も考えられないでいた。目を泳がせ、あからさまに動揺していると、愛琉が峻の肩を抱き口を開く。
『峻、来てくれてありがとう』
「愛琉……なん……で……」
 愛琉が肩に触れる感触をしっかりと感じる。事故をきっかけにいきなり現れた霊感。病院でいる時は厄介としか思っていなかったが、ここにきて考えを改めた。死んでしまった愛琉の姿だって、この力があるから見えているのだ。小さな花束を地面に落とし、愛琉に手を伸ばす。自分からも触れられるのかは定かではなかったが、愛琉の頬に手を添えることができた。

 ここで峻はハッと思い出した。病院でいた時、あの男性の幽霊の声が聞こえた時……あの時も、こんな風に肌が触れていた。もしかすると触れている間だけは、幽霊と会話が出来ると言うことか。
 峻は愛琉の頬に触れたまま、しかし手放しでは喜べない状況を噛み締めていた。
「やっぱり体温はないんだね」
 何か無機質なものを触っているようにしか感じない。峻より少し体温が高かった、あの頃の愛琉との決定的な違いを目の当たりにした瞬間でもあった。愛琉は柔らかく微笑み、峻の涙を拭う。
『峻が生きてて良かった』
「愛琉にも生きててほしかったよ」
『……ごめんな、俺が旅行なんて言ったばっかりに』
「場所を提案したのは俺だよ。それに事故に巻き込まれるなんて、誰も思っていなかったろ。謝らないでよ」
『そうだな』
 愛琉はふぅっと息を吐き出す。峻が一歩下がり距離を取った瞬間、愛琉が口パクになった。やはり触れている間だけ会話ができるという仕組みらしい。
「愛琉、触れてないと声が聞こえないんだ」
 峻から手を伸ばして愛琉の肩に触れた。
『そうなんだ。じゃあ合法で峻に触れるってことか』
「合法も何も、前からそうだったじゃん」
 二人して笑い合う。湿っぽい空気が流れるかと心配していたが、意外なほど“いつも通り”で安堵した。愛琉が気遣ってくれているのかもしれない。死んでしまったのは愛琉なのに、変わらず峻を甘やかしてくれるのを嬉しいとも思うが、どこかやるせなさも抱えてしまう。

「そういえばさ」と峻は話題を振る。これで話のネタまで愛琉任せにするのは悪い気がした。
「病院でいた時に幽霊にストーカーされてて、思い返してみれば、その人も触られた時だけ声が聞こえたんだ。ともだち……とかなんとか言われて。幽霊に触れるなんて思ってもなかったし、ましてや声まで聞こえるなんてな。俺びっくりしすぎてチビるかと思った」
 愛琉はその話を聞いて何かを思い出したようだ。
『あぁ、それきっと矢武さんだ!』
「誰だよ、矢武さんって」
 自分で話題を振っておいて顔を顰める。
『あの病院で知り合ったおじさん。ブルーと白のストライプのパジャマで……』
「そう、その人! なんで愛琉が知ってるの? 話したりしたの?」
『俺から話しかけたんだ。峻や、事故に巻き込まれた他の人はそのまま病院にしばらく入院だったけどさ、俺は直ぐこっちに送られたじゃんね。魂だけでも残りたかったんだけど、そう言う訳にもいかないしさ。どうにか峻と通じないかなって探ってんだ』
「それで何であのおじさんなの?」
 愛琉は入院の時を思い出してみてと言う。
『俺や矢武さんみたいにハッキリと姿の見える幽霊もいれば、人魂もいただろ? ああいう姿が幽霊の階級を表してる。人魂には触ってないな?』
「うん、何だか気味悪くて。向こうからも寄ってこないし、それは大丈夫だった」
『人魂に意思はないんだって。下級幽霊で、憎しみや悲しみだけが残ってるって聞いた』
「誰から?」
『矢武さん』
「すっかり友達じゃん」
『他にいなかったんだよ。俺と同じ状態の人。で、もしかして幽霊同士で会話とかできるのかなって好奇心もあって、近付いたら普通に接してくれた。っていうか、すんごい親切にしてくれた。矢武さん、誰かと話すの久しぶりで嬉しかったんだって』
 幽霊になっても社交性は変わらないようだ。峻は半ば呆れながらも愛琉の話に耳を傾ける。
 矢武という幽霊は死んでから三年ほど経っているらしく、峻や愛琉と同じように事故で亡くなったそうだ。あの病院には妻が今も植物状態で眠っているらしい。それで今でも滞在しているというわけだ。
 矢武が幽霊になって直ぐの頃は同じような幽霊が数人いたが、それぞれの理由で成仏し、一人になってから半年は経っているそうだ。霊感の強い人間に触れると会話ができることを知ったのは、一人になってからだった。
 矢武からその話を聞いた愛琉は峻を紹介し、霊感を確認してもらった。
『峻が見えるって分かって、だから、俺はもう帰らなきゃいけないから伝言を頼んだんた。退院したら俺の墓に来てって。矢武さんから聞いて、ここに来てくれたんだろ?』
「そんなわけないよ。話しかけられてビックリして突き放したんだ。もう出てくるなって。それ以来、姿を見せてないよ」
 退院の日に遠くから見られていたことは、話す必要性も感じられなかったから省いた。峻を見て微笑んでいるように感じたのは本当だったのかもしれない。あれは喜んでくれていたのか。
 ともだち……と言ったのは、もしかすると愛琉の伝言を伝えようとしていたのかもしれないと思った。
「なんか、悪いことしちゃった」
『仕方ないよ。峻は何も知らなかったんだし。でもこうして会いに来てくれて良かった』
「そんなの当たり前じゃん。俺ら、親友なんだからさ」
『峻……』
 愛琉が言葉を詰まらせる。
「どうしたの急に」
 キョトンとした表情で愛琉を見る。愛琉は一度深呼吸をしてから真っ直ぐに峻と向き合った。
『俺、旅行中に峻に告白しようと思ってたんだ』