峻は寝付けない夜を過ごした。ずっと墓参りに行きたいと思ってきたのに、いざその時が来ると緊張や不安や、現実を受け入れる覚悟など、複雑な気持ちが渦を巻き目が冴えてしまう。
 早く行きたい気持ちと、本当に愛琉が死んだのだと突きつけられる恐怖心が混在している。愛琉の墓を目の前にした時、自分が平常心でいられる自信は全くなかった。

 茅冬は約束の時間よりも三十分ほど早く家に来てくれた。
「峻ーーーー!!!」
「茅冬!!」
 玄関で二人、抱擁を交わす。
「本物の峻だ!! やっと安心できた」
「俺もだよ。茅冬がいてくれて良かった。他に頼れる人もいなくて」
 いつでもどこでも峻は愛琉とだけ一緒にいたため、気軽に頼み事ができる友達は他にいなかった。
 茅冬は「それは、愛琉が峻を独り占めしようと囲っていたからだよ」と笑う。
「それは言い過ぎ」
「そんなことないって。俺、愛琉からの視線怖かったもん。『俺の峻を取るなよ』ってオーラがビシビシ飛んできてた」
「本当に?」
「本当、本当、超本当」
「なんだよ、超本当って」
 あはは……と声を出して笑う。久しぶりに笑ったと気が付いた。
 入院中も連絡を取れば良かったのだが、正直それどころではなかった。気持ちの問題もあり、心を閉ざしていて誰とも喋りたくなかった。自分の中だけで生きている愛琉を、それこそ独り占めしたかったのかもしれない。
「愛琉の前でも、笑ってやれよ」と茅冬が肩に手を置いた。

 バスに乗って移動し、霊園に行く途中の花屋で気持ちばかりの花を買った。
 愛琉の眠る霊園は、高台にある気持ちよく風が吹き抜ける景色の良い場所だった。ここなら、愛琉も居心地が良いだろうと安堵する。
「あの、黄色い花が祀られてる所……」
 茅冬が視線で促す。
「分かった。ありがとう」
「俺に気を使わなくて良いから。ゆっくり話してこいよ」
 茅冬は何も言わずとも、峻と愛琉を二人きりにしてくれた。
 ゆっくりと愛琉の墓に近づく。もう、彼は骨になってここに眠っているのだ。
 墓と対峙し、「愛琉……」と呟く。頬に一筋の涙が伝った。その涙はどんどん増し、手で拭いきれないほど溢れ出る。
「愛琉に会いたい」
 絞り出すように言葉を零す。しゃがみ込みたいが、脚のせいで出来なかった。椅子くらいなら問題なく座れるが、しゃがむとなると筋肉が引っ張られて痛いのだ。
 峻はただ墓の前に棒立ちになったまま、目が腫れるまで泣いた。
 愛琉の前でこんなに泣いたことはない。情けないと思っても、それで感情をコントロールできるはずもなかった。
 本物の愛琉に、どうにかもう一度会えないか……そればかり考えてしまい、叶わない願いに絶望し、いくらでも涙は流れ出るのだった。

 沢山話したいことがあったはずなのに、言葉が少しも出てこない。
「愛琉……」何度そう呼んだだろうか。掠れた声が風に乗って流されていく。
 せっかく買った花も手に持ったまま動けないでいた。
 また他愛ない話がしたい。笑いあいたい。名前を呼んでほしい。あの夏の続きを、やり直したい。
 愛琉との日々を、思い出なんかに出来るはずはなかった。
「めぐ……る……」
 峻は目を閉じた。
 その時、背後からふわりと包み込まれるような感覚を覚えた。
『峻』
 確かにそう聞こえた。聞き慣れた、耳に心地いい声。これは……これは……。
「愛琉」
 顔を上げると、そこにいたのは紛れもない愛琉だった。