声が聞こえた。ハッキリと、幻聴だとは到底思えないほど鮮明だった。戸惑っているような、本当に聴こえているのか試しているような口ぶりではあったが、幽霊の男性の声は峻の耳にしっかりと届いていた。
峻が怒鳴って以来、姿を見せなくなり一週間は経ったように思うが、はたして怒鳴った峻の言葉を間に受けるものなのか。そんな気弱な幽霊がいるのか、峻は頭が混乱してリハビリに支障が出るほど集中力が切れていた。あれだけ峻を監視するかのように張り付いて見ていたのに、いざ出てこなくなるとそれはそれで気味が悪い。視線を感じるのは姿を消しているのか、峻の気のせいなのか、考え過ぎたところで答えが出るわけでもなくストレスが溜まっていく。
幽霊のことを考えて過ごすくらいなら、愛琉を想う時間に使いたい。なのに、あの幽霊は峻を翻弄するかのように付き纏う。これではまるで『押してダメなら引いてみろ』の原理で気を引く女子と同じだと思った。その後は一切現れなくなり、峻も次第に存在を忘れていった。
地元に帰る目処が立ったのは十月に入ってからだった。その間、暇さえあればスマホのカメラロールを占領する愛琉の写真を見つめて過ごした。ほとんど二人でいたから、必然的にツーショットの写真が多くなる。なのに初めての二人旅行で撮った写真はほんの数枚しかない。これから思い出と共に増えるはずだった矢先の事故だった。写真の中で活き活きと笑う愛琉を見ると、この世からいなくなったのがとても信じられなかった。
「……会いたい」
スマホを抱きしめ、静かに涙を流す。一日たりとも愛琉を忘れたことはない。峻に笑いかけている愛琉は今でも峻の中で生きている。しかしどんなに名前を呼んでも、写真の愛琉は返事をしない。もう、あの明るく弾むような声は聞けないのだ。
最高の思い出を作るために旅行をしたのに、最悪の結果を招いてしまった。今後、二人の新しい思い出を作ることはできない。
悔しくて、寂しくて、気を抜けばいくらでも涙に溺れられそうだ。何故、友達のままで良いなどと思ったのか、後悔の波は止まることなく峻を飲み込んでいく。
おじさんの幽霊が出なくなり、気持ちの矛先は再び愛琉に向けられた。
とはいえ他の霊もしっかり見えているので、実質一人消えたと言うだけだ。全くもって必要のない能力を持ってしまったものだと、毎日ため息を吐いてしまう。それでも悲しいかな人とは慣れるもので、二ヶ月も経つとこの状況にも怖気付かなくなってしまった。
「……早く帰りたい」
リハビリに苦戦を強いられ、退院を伸ばすかと言われたのを必死で説得して間逃れた。
もしかすると西条から煽られただけかもしれないが、お陰でまたリハビリに専念することができた。今では杖さえ必要だけれど、一人で歩くことが出来る。
早く愛琉の墓参りに行きたい。それだけが心の支えだった。
その後、順調に体は回復し、予定通り十一月中旬に地元へと帰ることができた。
「受験も大変だけど頑張ってね」
退院当日、西条が見送りに来てくれた。
「長い間お世話になりました。先生のお陰でここまで回復できたと思ってます」
「それは深瀬君が頑張ったからだよ。辛い思い出になっちゃったけど、友達の分まで生きてほしいと思ってる」
「はい」
峻は大きく、力強く頷いて見せた。
母と共に病室を出ると、廊下の奥にあの男性の霊を見た。一瞬で目を逸らしたが視界の隅で微笑んだ気がした。
(なんだよ、最後の最後に……後味悪い)
気付かないふりをして病院を後にする。父の運転する車で数時間かけ、ようやく自宅へと帰ってこられた。
まだ完全に治っているわけではなくリハビリはまだまだ続くが、それでも杖さえあれば学校生活も送れそうなくらいには回復している。早く愛琉の墓参りに行きたくて、自室へと戻るや否や茅冬に連絡する。彼は呼び出し音の一回目が鳴り終わらないうちに勢いよく叫んだ。
『峻か!! 帰ってきたんだよな!?』
「声が大きいよ。そう、今日帰ってきた」
『良かった……良かったよ……』
大声で電話に出たと思いきや、今度は泣き出した始末。そりゃクラスメイトが夏休みの間に一人亡くなり、一人は重体。学校中、大騒ぎになっていると嗚咽を漏らしながら茅冬が言う。
「愛琉の葬式、行った?」
『行ったよ。なんか信じられなくて……でも現実なんだなって……』
「うん……」
『ごめんな、一番辛いのは峻なのに』
「俺は行けなかったから、茅冬が行ってくれて良かった」
葬儀の間、愛琉の両親が峻の親にずっと謝っていたのが印象に残っていると教えてくれた。生前、愛琉が峻を旅行に誘ったと話していたそうだ。それで『愛琉が誘わなければ、こんなことにはならなかった』という発想に辿り着いたらしい。
「愛琉のせいじゃないのに」
『峻の親も同じこと言ってた。峻も楽しみにしてたからって』
長い時間をかけて旅行のことや葬儀のこと、入院中の話から学校の様子に至るまで、沢山語り合った。
『それで、体はどうなの?』と茅冬から訊かれ、峻は「明日、予定ある?」と切り出した。
『特にないけど、なんかあるの?』
「愛琉の墓参りに行きたいんだ。付き添って欲しくて」
『勿論、行くよ。歩いて平気?』
「杖は要るけど、他は問題ない」
茅冬は『迎えに行くよ』と言って電話を切った。久しぶりに友達と話せただけでも嬉しかった。明日が待ち遠しくて仕方ない。
今更だが、相手が墓であっても「本当は好きだった」と伝えたい。
峻が怒鳴って以来、姿を見せなくなり一週間は経ったように思うが、はたして怒鳴った峻の言葉を間に受けるものなのか。そんな気弱な幽霊がいるのか、峻は頭が混乱してリハビリに支障が出るほど集中力が切れていた。あれだけ峻を監視するかのように張り付いて見ていたのに、いざ出てこなくなるとそれはそれで気味が悪い。視線を感じるのは姿を消しているのか、峻の気のせいなのか、考え過ぎたところで答えが出るわけでもなくストレスが溜まっていく。
幽霊のことを考えて過ごすくらいなら、愛琉を想う時間に使いたい。なのに、あの幽霊は峻を翻弄するかのように付き纏う。これではまるで『押してダメなら引いてみろ』の原理で気を引く女子と同じだと思った。その後は一切現れなくなり、峻も次第に存在を忘れていった。
地元に帰る目処が立ったのは十月に入ってからだった。その間、暇さえあればスマホのカメラロールを占領する愛琉の写真を見つめて過ごした。ほとんど二人でいたから、必然的にツーショットの写真が多くなる。なのに初めての二人旅行で撮った写真はほんの数枚しかない。これから思い出と共に増えるはずだった矢先の事故だった。写真の中で活き活きと笑う愛琉を見ると、この世からいなくなったのがとても信じられなかった。
「……会いたい」
スマホを抱きしめ、静かに涙を流す。一日たりとも愛琉を忘れたことはない。峻に笑いかけている愛琉は今でも峻の中で生きている。しかしどんなに名前を呼んでも、写真の愛琉は返事をしない。もう、あの明るく弾むような声は聞けないのだ。
最高の思い出を作るために旅行をしたのに、最悪の結果を招いてしまった。今後、二人の新しい思い出を作ることはできない。
悔しくて、寂しくて、気を抜けばいくらでも涙に溺れられそうだ。何故、友達のままで良いなどと思ったのか、後悔の波は止まることなく峻を飲み込んでいく。
おじさんの幽霊が出なくなり、気持ちの矛先は再び愛琉に向けられた。
とはいえ他の霊もしっかり見えているので、実質一人消えたと言うだけだ。全くもって必要のない能力を持ってしまったものだと、毎日ため息を吐いてしまう。それでも悲しいかな人とは慣れるもので、二ヶ月も経つとこの状況にも怖気付かなくなってしまった。
「……早く帰りたい」
リハビリに苦戦を強いられ、退院を伸ばすかと言われたのを必死で説得して間逃れた。
もしかすると西条から煽られただけかもしれないが、お陰でまたリハビリに専念することができた。今では杖さえ必要だけれど、一人で歩くことが出来る。
早く愛琉の墓参りに行きたい。それだけが心の支えだった。
その後、順調に体は回復し、予定通り十一月中旬に地元へと帰ることができた。
「受験も大変だけど頑張ってね」
退院当日、西条が見送りに来てくれた。
「長い間お世話になりました。先生のお陰でここまで回復できたと思ってます」
「それは深瀬君が頑張ったからだよ。辛い思い出になっちゃったけど、友達の分まで生きてほしいと思ってる」
「はい」
峻は大きく、力強く頷いて見せた。
母と共に病室を出ると、廊下の奥にあの男性の霊を見た。一瞬で目を逸らしたが視界の隅で微笑んだ気がした。
(なんだよ、最後の最後に……後味悪い)
気付かないふりをして病院を後にする。父の運転する車で数時間かけ、ようやく自宅へと帰ってこられた。
まだ完全に治っているわけではなくリハビリはまだまだ続くが、それでも杖さえあれば学校生活も送れそうなくらいには回復している。早く愛琉の墓参りに行きたくて、自室へと戻るや否や茅冬に連絡する。彼は呼び出し音の一回目が鳴り終わらないうちに勢いよく叫んだ。
『峻か!! 帰ってきたんだよな!?』
「声が大きいよ。そう、今日帰ってきた」
『良かった……良かったよ……』
大声で電話に出たと思いきや、今度は泣き出した始末。そりゃクラスメイトが夏休みの間に一人亡くなり、一人は重体。学校中、大騒ぎになっていると嗚咽を漏らしながら茅冬が言う。
「愛琉の葬式、行った?」
『行ったよ。なんか信じられなくて……でも現実なんだなって……』
「うん……」
『ごめんな、一番辛いのは峻なのに』
「俺は行けなかったから、茅冬が行ってくれて良かった」
葬儀の間、愛琉の両親が峻の親にずっと謝っていたのが印象に残っていると教えてくれた。生前、愛琉が峻を旅行に誘ったと話していたそうだ。それで『愛琉が誘わなければ、こんなことにはならなかった』という発想に辿り着いたらしい。
「愛琉のせいじゃないのに」
『峻の親も同じこと言ってた。峻も楽しみにしてたからって』
長い時間をかけて旅行のことや葬儀のこと、入院中の話から学校の様子に至るまで、沢山語り合った。
『それで、体はどうなの?』と茅冬から訊かれ、峻は「明日、予定ある?」と切り出した。
『特にないけど、なんかあるの?』
「愛琉の墓参りに行きたいんだ。付き添って欲しくて」
『勿論、行くよ。歩いて平気?』
「杖は要るけど、他は問題ない」
茅冬は『迎えに行くよ』と言って電話を切った。久しぶりに友達と話せただけでも嬉しかった。明日が待ち遠しくて仕方ない。
今更だが、相手が墓であっても「本当は好きだった」と伝えたい。