「は、春奈ちゃん……!」
「春奈ちゃん!」
 不意打ちの登場に、声をハモらせる愛莉と田島。
 青木が小さくぺこりと頭を下げると、宵町はきゅっと唇を引き結び、彼女から視線を逸らした。
 それを見て、青木が悲しそうに眉を顰める。やはり何か、この二人の間には確執があるようだ。
 気を利かせた田島が、間に入るよう腰を上げて青木に歩み寄る。
「来てくれたんすね、春奈ちゃん。ってか、いつからいたんすか?」
「すみません、さっきからいたんですが、声をかけるタイミングがなくて」
「そうだったんすね。とにかく部屋に入ってください」
 田島は扉を閉め、青木を宵町から離れた席に案内する。愛莉も席を立ち、ファーストドリンクとして念のため人数分注文していた手付かずのアイスティを配る。
 もう、氷が溶けてしまっていてあまり美味しそうではないけれど、何もないよりはマシだろう。
 その間、宵町は始終無言だった。
 青木が席につき、扉側から順に宵町、愛莉、春奈、そして田島といった並びに落ち着いたところで、アイスティを一気に飲み干した田島が、おそるおそる切り出した。
「えと、それで、さっきの話なんすけど……ソース画像にあったヤミさんとのやりとり相手が春奈ちゃんだった、ってことなんすかね?」
 今日は和やかな談笑をしに集まっているわけではないため、いきなり核心をついた質問だ。
 視線を投げられた青木は、俯きがちに目の前のアイスティを眺めながら、小さくこくんと頷いた。
「……はい。あの画像は、間違いなく私とヤミさんのやりとりをスクショしたものです」
「え、じゃあ……」
「でも、もちろん、だからと言って私が告発文の犯人というわけではありません。私は、あのやりとり画像を流出させてしまった、というだけで……」
 声を震わせて自分の罪を告白する青木。愛莉は彼女の話を聞き、ふと思い出したことをそのままに尋ねた。
「あ、もしかして……こないだ会った時に言ってた『やらかしてしまった』っていうのが、そのやり取りの流出のことを言ってたのかな?」
 愛莉の指摘を受けた青木は、今にも泣きそうな顔でこくんと頷く。
 やはり。愛莉の記憶が確かなら、青木は以前、宵町の作品を読み、感想を送ったことをきっかけにやり取りを交わしていたが、青木の〝やらかし〟のせいで宵町の反感を買い、フォローも解除されて会話もできなくなった――と、言っていたはずだ。
 やり取りを重ねる上で、宵町が青木に自身の秘密の過去を明かし、そしてその秘密のやり取りを青木が第三者、あるいはネット上に流してしまった、ということなのだろうか。
 情報を整理する愛莉の横で、青木が必死に弁明を続ける。
「全部私のせいなんです。あの時私、親のことですごく病んでて……ヤミさんはすごく親身に相談に乗ってくれただけなのに、私が、ううん、私の不注意のせいで、ヤミさんにいっぱい迷惑をかけてしまって……本当に、本当にごめんなさい……謝っても許されないことだけど、でも謝りたくて、私……っ」
「落ち着いて、春奈ちゃん。話が見えないから、一つずつ整理していいかな」
 息を乱して懺悔を繰り返す青木を、なんとか落ち着かせるべく極めて穏やかなトーンで語りかける愛莉。すると青木は涙目を手の甲でぬぐい、再びこくんと力なく頷いた。
「春奈ちゃんはヤミさんの小説を読んで、感想を送ったのをきっかけに、やり取りを始めたんだよね? 小説の内容と、春奈ちゃんの悩みが強く関係していることなの?」
 愛莉の問いかけに、青木が肯定を示すよう、こくんと頷く。
「私が感想を送ったヤミさんの受賞候補作のホラー作品、虐待を受けていた子どもが、毒親を殺してしまう作品だったんです。でも、ただ怖いだけの作品じゃなくて、ちゃんと背景にヒューマンドラマがあって、最後は悲しいけど前を向いて生きていく主人公の背中を、そっと温かく見守ってくれるような物語で……」
 ストーリーを思い出しているのか、切なげに目を細めて語る青木。
 ちらりと宵町の横顔を横目で見やると、彼女はなんとも言えない表情で口を噤んでいる。
 青木はやがて悲しそうな表情で、腹を割るようにその先を続けた。
「私の親も、俗にいう〝毒親〟なんです」
「え……」
「虐待とか放置とか、ひと通りのことは経験してきました。うちの場合は特に、経済的な面で抑圧されることが多くて……まさしくヤミさんの小説の主人公と状況が被ってたので、ものすごく共感してしまって。やりとりを重ねるうちに、この人にならと思って、自分は毒親に悩んでて、時折殺意すら抱いている、ヤミさんの作品の主人公と同じですって打ち明けたんです。そうしたらヤミさん、『自分も毒親だった』『辛いのわかる、でも』『自分はフィクションではなく実際に親を殺した』『あっけないよ。殺したら殺したで、今度は自分がもっと苦しくなる』『だからやめときな』って、そう言ってくれて……」
 ――ああ、そういうことだったのかと、愛莉はようやく話が見えてきた。
「もちろん驚いて、何度も本当の話なのかって確認しましたけど、『本当に殺した』の一点張りで。真に迫っていたから私は素直に信じていたし、そんな重大な秘密を打ち明けて諭してくれたヤミさんを心から慕っていたので、当然誰にもその秘密をバラすつもりもありませんでした。だけど……」
 耐えきれなかったのだろう、俯く青木の瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「この先はまだヤミさんにも話していないことなんですが……ノベルマの告発文にあった通り、私は自分の親にずっとお金を無心されていて、中学生の頃から中年男性との付き合いを強要され続けていたんです」
「えっ」
「俗にいうパパ活ってヤツですね。肉体関係まではいかないですけど、交際みたいなことはさせられてました。ヤミさんとのやり取り画像が流出したのは、その当時、お付き合いをさせられていた人がちょっと粘着質な人で、勝手にツブヤイターのアカウントを開かれたり、やりとりを見られたりして……。それで、気づいた時には、面白半分にネット上で晒されていました」
 衝撃の告白に、目を見張る愛莉と田島。
 考えてもいなかった事実に、愛莉は驚きで言葉を失う。
 ただ一人、宵町だけが、やはりなんとも言えない表情で無言を貫いていた。