「もう、海結。それ、恋してるじゃん」
 東堂くんと一緒に帰ってから数日たった昼休み。向かいに座っている千遥は私のお弁当の中からさりげなく卵焼きを盗みながらそう言った。
「いやいや、恋だなんて。早くない……?」
 私も千遥のお弁当からたこさんウインナーを盗んで言う。
 私は千遥に、東堂くんと同じゲームが好きで同じキャラが好きなこと、同じ国語係になったこと、よくしゃべって気が合い楽しいと話したのだ。そして感想が「それは恋だよ」。ちょっと仲がいい男の子だからって恋っていうのは早くない……? と表では思いつつ、裏では、私もしかしたら東堂くんのこと好きなのかな、とか、本当にこれが恋なのかな、と思ってしまう。そう思うと恥ずかしく、紛らわすようにして千遥のお弁当からミートボールも盗む。
「あ、二個目じゃん! じゃあ千遥もトマトもーらおっ」
 私のお弁当から黄色と赤が消える。その二色で彩を作っていたため、それが消えたお弁当は――。
「茶色弁当になっちゃた」
 ――メインが揚げ物たちの茶色弁当と化した。
「ほんとだー! でも見て、千遥のも茶色弁当」
 そういって千遥は弁当箱を傾け中を見せてくれる。から揚げ、ミートボール、たこさんウインナー――見事な茶色弁当になっていた。
 私たちはそのあとの話題はいろいろとずれていき、東堂くんの話が出てくることはなかった。しかし、私は東堂くんに対する気持ちは恋なのか、自分でもよくわからず気になってしまった。



「――ということでー、五月の一週間目の金曜、放課後に親睦会として海に行きたいと思いますー! 強制参加じゃないから、参加する人はクラスLINEで連絡くださーい!」
 学級活動の時間。クラス目標を話し合って決める時間のはずが、なぜか親睦会の話になっていた。先生の方を見るも――腕組みをして親睦会の日時を真剣に聞いていた。さっきも「クラス目標なんかいりません! 高校の親睦会は青春。どんどん親睦会やってめちゃくちゃ仲良くなってきてください!」って言っていた。担任の先生が。こんな先生が担任なんて、教師はどれだけ人手不足なんだろう……とは思ったが、あまり行かない海にクラスみんなで行くのは楽しそうだ。最近少し暑くなってきて海は気持ちいいだろうし。この時間に親睦会の話をさせてくれた先生に感謝しないと。
「天崎さんは、親睦会、行く?」
 隣からそんな声が聞こえてきたので、私はぱっと顔を向ける。声の主は東堂くん。素も穂を片手に、首を少し傾けてそう質問される。
「行くつもりだよ。みんなで海に行くの、楽しそうだし。千遥も行くと思うから……」
 そういって私は席が離れた千遥を東堂くんに示すため指さす。千遥は隣の永島くんとしゃべっていた。千遥を見ると、あの言葉がよみがえる。
『もう、それは恋だよ』
 私はそれを思い出したことを後悔し、頭から振り払おうとする。が、なかなか離れてくれず、東堂くんをちらりと見るだけで顔に体温が集まっていくような感じがした。
「と、東堂くんは親睦会、行くっ?」
 赤い顔を紛らわせようと質問を返すが、その声も少し裏返ってしまい、余計に恥ずかしくなる。
 あぁ、もう。千遥があんなこと言うから……!
 そう思うが千遥に届くはずもなく、千遥は永島くんと楽しそうにしゃべっていた。
「僕は……どうしようかな。正直、クラスみんなで集まるのは苦手、なんだけど……」
 え、東堂くん来ないの? と言いそうになるが、引っ込める。みんなでワイワイするのが苦手という人もいるから自由参加なのだ。人に苦手なものを押し付けるのはあまりよくない、けど……。
 東堂くんが親睦会に来ないと聞くと、胸が少しずきっと痛くなった。
 少し変な間があいてしまい、また別の話題に変えようと口を開くと、「じゃあクラス目標決めるぞー」と先生が話し始めてしまった。横や後ろを向いて友達としゃべっていた人は、先生の方に体を向けた。私も前を向かざるを得ず、東堂くんとの会話は微妙な雰囲気で終わってしまった。




 毎日はあっという間に過ぎていき、気がつけばもう親睦会当日の放課後。1時間後には親睦会スタートという時間になっていた。
 初めは楽しみだった親睦会。でも数日経つと、東堂くんが来ないなら、千遥は他のこと仲良くするだろうし、私はいかなくてもいいのでは、と思えてきた。でも今さらクラスラインに「やっぱり親睦会行きません」というのも言い難く、流れに身を任せていると何もいえずにいた。その結果、行ってみて楽しくなかったら帰らせてもらおうという結論に至る。
「海結、お菓子何にするのー?」
 千遥がコンビニの陳列棚からちらっと顔をのぞかせてそう聞いてきた。
「私は無難にポテチかなー」
 今は学校に一番近い駅の前のコンビニでお菓子が並んでいる陳列棚を見ていた。親睦会の日時を言われたあと、「できればみんなで食べれるようなお菓子も持ってきてください!」と言われたのだ。強制ではないが、持ってこない人は少数派だろう。そのお菓子をコンビニで千遥と選んでいるところだった。
 私はこれが嫌いな人はいないであろう、ポテチののり塩味の大きめサイズのものを手に取る。千遥は昔からの優柔不断な性格が出て、あれにしようか、これにしようかとたくさん悩んでいた。結局は私と同じように無難なポテチのコンソメ味を買ったんだけど。
 買い終わったあとには、まだ集合時間まで30分ほどあったけど、二人でのんびりと海に向かうことにした。
 電車に乗って西に進む。ガタンゴトンと気持ちの良いリズムに揺られ、千遥と小さな声でこれから行く海についてしゃべり、少しずつ映す風景が変わっていく窓を見る。家が並ぶ風景を横切り、一駅止まる。そしてまた動くと、次は家の間から太陽の光が反射しキラキラ光る海がのぞいている。そして二駅目でまた止まり、今度は私たちは腰を上げる。そして改札を抜け、駅を出ると……。
「海、だ……」
 久しぶりに海を見た私は、そうつぶやき、その光景に目を奪われた。
 目の前目いっぱいに広がる青。濃い色をした海の青と、きれいに澄んでいる空の青。それぞれは違う青のはずなのに、海と空は二つで一つのようにつながっていた。また、その青を引き立ててくれるような真っ白い入道雲に、貝殻がキラキラと光る砂浜。海を嗅覚でも知らせてくれる磯のにおい。
 私はそんな海を知れたので、もう今日はここに来れてよかったな、と満足げに思った。
「ねー海結ー! 海、すっごいきれい!」
 気が付くと、千遥はローファーを脱いで手で持ち、海の方へと走って言っていた。そんな元気な行動は昔から変わらず、千遥、という感じがした。
 私も行こうとローファーと靴下を脱ぎ、手に持とうとする、と。
「天崎さん?」
 聞き覚えのある声で名前が呼ばれたので振り返ると。
「と、東堂くん……⁉」
 来ないとばかり思っていた東堂くんがいた。
「まだ集合時間より早いね。寺田さんときたの?」
 寺田とは千遥の苗字だ。状況がうまく呑み込めずにいるが、とりあえずうん、と首を振る。
「えっと、東堂くんは親睦会に来たの……?」
 どう、何を話したらいいのか考えていたが、結局一番知りたかったことをド直球に口にしてしまう。
「え、えっと、その、来てほしくないとかじゃなくて、むしろ来てほしかったというかなんというか……」
 誤解を招いてしまうような言い方だったので慌てて訂正しようとするが、言わなくてもいいことまで言ってしまったような気がしたのでだんだんと声が小さくなっていく。私はさっき言ったことを頭の中でリピートすると、何やら恥ずかしいことを言った気がしてならなくなってくる。気恥ずかしさから、少しうつむく。すると、
「っぷ、はは!」
 東堂くんがおなかを抱えて噴き出していた。数秒かけて笑いを鎮めると、少し笑いながらも東堂くんは私のフォローに入る。
「いや、そうだよね。僕、人が集まっているところ苦手って言ったし。ふつう来ないと思うよね」
 うん、思った、と心の中でツッコみを入れる。
「でも、なんか、えっと、その……」
 東堂くんの歯切れが悪くなった。どうしたのかな、と思い顔を見てみると、少し赤い気がする。
「天崎さんが行くって言ったから来たいって思った、って言ったら……変、かな?」
 私が行くって言ったから……? 東堂くんの言ったことも頭の中でリピートする。2、3回聞き返し、やっと意味を理解し始める。
「変じゃない! ぜんっぜん、変じゃない! 私も、東堂くんに来てほしいな、って。思ったから」
 また声が小さくなっていってしまうが、今度は最後まで言えた。
「そっか。じゃあお互いさま、だね」
「うん!」
 東堂くんが私と同じように、私の事も少しだけでも、考えてくれていたという事が嬉しい。すると、「3年3組のみなさーん! 来ている人はここへ集まってきてくださーい!」と言っているのが聞こえたため、そっちに向かう。その間も、勝手に上がっていってしまう口角を上げないように頑張るのが大変だった。