「よろしくね、天崎さん」
 私の隣の席の人――東堂くんはにっこり笑ってそう言った。
「うん、こちらこそよろしく!」
 東堂くんの太陽に負けないくらい明るく、まぶしい笑顔でにつられ、私も明るい声で返事をする。
 係決め。ここの高校では教科ごとに二人でする係がある。それぞれ担当の教科の授業での連絡事項を聞いたり、お手伝いをしたりするのだ。私は担任の鷹丸先生の教科の国語係。そしてさっきよろしくと言い合った東堂くんと同じ係だ。
 先生は特に生徒には仕事を手伝わせることはないって言っていた。けど。
「誰よりも最初に仕事あるじゃん!」
 私達は放課後、準備室でプリントをまとめ、ホッチキスで留めるという国語係の作業をしていた。東堂くんと一緒に。
「鷹丸先生の言い方的に、他の教科よりも仕事は楽なのかなーって思ってたんだけどな」
 二人で少し、先生の愚痴をこぼす――。
「おーい、その張本人、鷹丸先生はここにいるんだぞー」
 ――先生の前で。と言っても、本気で愚痴っているわけではなく、先生を揶揄うと反応が面白いので、それを楽しんでいるのだ。
「いやーね、今までほとんど生徒に仕事を頼んだことなかったの。でもね、昨日ちょっと家に帰るのが遅くなっちゃって……」
「何してたんですか?」
 先生の言い訳タイムが始まるが、東堂くんはすかさずアタック。
「……ハンバーガーとポテトを食べに行ってしまいました。それとちょこっとゲーセン」
 先生からボロがたくさん出てくる。それにしても、教師なのにゲーセンとか行ってしまって大丈夫なのだろうか。あんまりいいイメージはないけど……。
「いや、2人にはまじで感謝してる! もう授業明日で、1人じゃ絶対間に合わなかった! まじでテンキュー」
 最後の余計な一言で感謝の気持が薄れたが……まぁ、特に用事もなかったし、こういうのも楽しいから国語係になってよかった、かも。すると。
♪ピーンポーンパーンポーン『鷹丸先生、鷹丸先生、職員室まで……』
 お決まりのアラームのあとに高丸先生の呼び出しが。
「あっれー? 今日、なんかあったかなー?」
「なんかやらかしちゃったんじゃないですかー?」
 私は揶揄い口調で先生にそう言う。しかし先生は手を顎に当て、「ゲーセンのこと……?」と真剣に考え出した。
「ごめん! とりあえず行ってくるから、終わったら置いといて帰っていいよ! んじゃ、お願いしまーす!」
 両手を顔の前で合わせ、ごめんのポーズをしてから先生は駆け足で職員室へと向かった。
「廊下は走ったらダメなんだけどなー」
 東堂くんは先生の背中にそう言うと、再びホッチキス作業へと戻る。
 ホッチキスのパチパチという音と、グラウンドから聞こえる運動部の掛け声が教室に響く。開けてある窓からはそよそよと風が流れ、カーテンを揺らしていた。
 私は何度も繰り返しているプリントを整える作業をし、それを東堂くんがホッチキスで留めやすいようにまとめて置く。まとめた紙をおいてあるところを見ると、だいぶ溜まってきていた。整えるよりホッチキスで止めるほうが時間がかかるのだ。私もホッチキスのお手伝いをしたほうが良いかな、と思い、東堂くんを見る。
 東堂くんは休むことなくホッチキス留めをしていた。その目は真剣で、一生懸命やっている。あ、顔がムスッとした。ホッチキスが上手く留まらなかったようだ。芯を外し、もう一度留める。今度は上手く留めれたようで、顔が少し嬉しそうだ。そんなふうに顔がコロコロと変わっていく東堂くんが面白く、かわいいと思った。まぁ、そんなこと本人には言えないし、男子にかわいいと言ったら馬鹿にしてると思われてしまいそうだから言わないけど。
「……あの、そんなに見られると、やりにくいんだけど……」
 東堂くんが急に顔を上げた。その顔はほんのり赤くなっていた。
「ごっ、ごめん……! いや、えっと、東堂くんを見てたっていうか、私もホッチキスしたほうが良いかなって! 思って……」
 見ていたことが気づかれていて恥ずかしく、私は早口で言い訳をする。
「えっと、ホッチキスならもう全部留め終わるから、整えてくれたら助かる、かな」
 東堂くんにそう言われ、改めて紙をおいてあるところを見ると、もうホッチキス留めされたものだけで私が手伝うところなんてなかった。私はそれほど長い時間東堂くんを見ていたということを知り、恥ずかしさが増した。
「そうだよね! 私も私の仕事しなきゃ」
 赤くなってしまっているであろう顔を隠すようにプリント整え作業に戻る。



「……ふぅー。やっと終わったー」
 私と東堂くんはずっと同じ体勢でカチコチの体を、伸びたり、引っ張るようにしたりしてほぐす。
「じゃあ、あとは先生に任せて……僕達は帰ろっか」
「うん!」
  筆箱から出していた文房具をいれるなど、帰る支度をして、教室から出る。
「先生に一言言ってから帰った方がいいよね?」
 私は東堂くんに聞いてみると、東堂くんもどうしようか迷っていたみたいで、念のため報告をしておくことにした。職員室にいるであろう鷹丸先生のところへ向かう。
 いろいろな先生がいる職員室に行くのは三年目の学校にしてもなんだか少し怖い。
「どっちが職員室入る……?」
「えっと……天崎さん、行く?」
「いや、私はいいや。東堂くんどうぞ」
「遠慮はいいからー。天崎さんこそ、どうぞー」
 東堂くんもあまり行きたくはなさそうだ。しかしここは公平にという事でじゃんけんをすると……東堂くんはパー、私はグーで私が負けてしまった。じゃんけんに負けてしまったのでは仕方がない。恐る恐る職員室のドアをノックし、鷹丸先生を呼ぶ。
「……失礼します。鷹丸先生いらっしゃいますかー?」
 恐る恐る、というように職員室を覗くと、奥の方に鷹丸先生と、何人かの先生が向かい合って話し合っていた。もう一度読んだ方がいいのか迷っていると、一人の先生が気付いてくれ、先生がこっちに来る。
「ホチキス止め、終わりましたー」
「おーありがとー……」
 先生は眠たそうに目をこすり、おまけに大きなあくびまでする。
「先生、眠そうですね」
 東堂くんも思ったようで先生にそう言った。
「そーなんだよー。実は、会議が結構長引きそうで。もう俺は終わっていいと思ってんだけどなー」
 先生が声を潜めてそう言った。だるそうにそういう先生は、本当にこの人は先生なのだろうかと思わせた。
「ま、がんばってくださいねー。僕たちもめんどい仕事終わらせてきましたから!」
「おー、お前らもマジでありがとなー。内申点気持ちだけ上げとくわー」
「お! いいましたからね! お願いしますよー」
 私たちは先生を少し揶揄って、職員室から出る。
 校門へと続く廊下を2人並んで歩く。東堂くんは背が高い分、私よりも足も長く、少し前を歩いていた。足音2つ、それぞれは規則正しく、しかしズレながら廊下に響いていた。
 何か喋ったほうがいいのだろうか、クラスの話? 趣味の話? それとも無難に世間話? 色々なことが頭に浮かぶが、結局どうすればいいのかは分からない。すると。
「天崎さんはどこから帰るの?」
 東堂くんが振り返り、そういえば、と言いたげな顔でそう聞いた。
「えっと、校門を右に曲がってまっすぐ行った、駅の近く」
 ものすごい適当な説明だが、この高校に3年間通っていればこの説明でも通じるはずだ。
「……東堂くんは、どこから帰る?」
 私はこの場を繋げるためにも質問を返す。
「僕も右に曲がった駅から帰るよ」
 東堂くんはそう返事する。
「あの駅から帰るんだ! 最寄りは?」
「西に2駅乗ったところ」
「おぉ、結構近いね」
「じゃあ駅まで一緒に帰っても、いい?」
 東堂くんは私を少し上目遣いで見て、首を傾げて訊いた。その姿は耳を垂らしたかわいい子犬と重なった。
「もちろん……!」
 そんな東堂くんを断れるはずもなく、しかも私も駅まで一緒にいたいと思っていたので二つ返事で承諾する。
「あ! そういえば。あのゲーム、イベント始まったよね」
 『あのゲーム』とは、自己紹介のときに知った東堂くんも好きなゲームのことだ。
「そう! 私、ガチャやったら推しが出てきた!」
「えー! いいなー、僕何回もやったけど出てこなかった……」
 やはり、同じゲーム好きで同じ推しだと、とても気が合い、楽しい。東堂くんとゲームの話に花が咲いた。
 二つ重なった足音が町の音と混ざり合う。気が付くと駅の前まで来ていた。東堂くんと話していたら、いつもは長く感じる帰り道も一瞬のように思えた。このまま東堂くんが電車で帰ってしまうのは名残惜しいが、彼女でもない私は帰らないでなんて図々しいことは言えない。
「じゃあ、ばいばい」
 私は駅のホームの前で立ち止まり、小さく手を振る。東堂くんが、まだ一緒にいたいとか言ってくれたらいいのにな、なんて変な期待をする。
「うん、またね(・・・)
 私が待っていた言葉ではなかったけれど。嬉しかった。『ばいばい』ではなく、『またね』と言われたことが。別れだけではなく、また会おうねという意味もこもったようなその言い方が。
また、ね(・・ ・)!」
 私はそういうと、さっきより少し、大きく手を振った。