「よしっじゃあ、席替えすっか」
 4月10日、始業式終わりの二時間目。茶髪に金色のメッシュが入ったの癖っ毛に着崩した服装――先生としてどうなのかという身なりをした私の担任の鷹丸(たかまる)先生は、初めにそう言った。
「「「……」」」
 クラス一同、そんな初めの一言に理解が追いつかず、沈黙ができる。
「「……イェーイ!」」
 少し変な空白のあと、まだまだ幼稚な男子――じゃなくて、年齢の割に、まだまだ元気な男の子達は喜びの声を上げた。
 私はというと、そんな先生が高校3年生の担任で大丈夫かと少し不安になるが、幼馴染の女の子――寺田 千遥(てらだ ちはる)が、同じ高校、それに同じクラスになれて嬉しく思っていた。
 それに、席替えをしてくれるのは私は少し、嬉しい。出席番号順の席だと、一番はじめの私は自己紹介やらなんやらで半強制的、暗黙の了解で一番初めに話さなきゃいけない。でも席替えで順番がばらばらになると私も1番自己紹介を回避できるかもしれない。また、席替えをすることで今は遠い千遥との席も近くなる可能性もある。私には得しかない話で、私は先生の好感度を10、いや20上げておくことにする。
 ……はずだったけど。
「ウェーイ」「あの先生神」「よろしくぅー」
 元気な男の子たちはそれぞれそう言って喜んでいた。けど。
 千遥が遠くから小さくひらひらと手を振ってきた。私も小さく振り返す。
 千遥は左の一番後ろ、私は右の前のほうの席になった。もし私の願いを先生が知っていたなら、先生の意地悪としか思えない席だ。しかも私の周りには、もうグループができてしまっている女子たちと男の子。この席の周りには話せそうな人はいないな、と思う。なので、先生の好感度は10下げときます。
「席、離れたね」
「そうだね」
 先生の自己紹介などが終わり、休み時間。私と千遥は窓際へ行って喋っていた。
「もう高校も三年目だけど、名前も知らない人、結構いたんだね」
 千遥は周りを見渡してそう言った。
「まぁ、人が多いからね」
 この高校は人が多く、1クラス約40人、1学年13クラスとなかなかに多い。なので高校3年生、クラス替え三回目の私でも、名前を知らない人はかなりいる。現状、このクラスも半分くらいは名前を知らず、なんだか新しい学校に入学したとさえ思えてくる。
「みんなと仲良くなれるかな」
「千遥ならなれそう」
 そういう話をしていると、10分間という休憩が終わり、他クラスに行っていた人たちも自分のクラスへと帰ってきた。
「よしっじゃあ、他己紹介するか!」
「「「……」」」
 クラス一同、沈黙。この流れ、さっきもあったな。
「「……イェーイ!」」
 男子たちがこのノリに乗ってくれるのもいつまで続くかな。このイェーイがないと沈黙で終わっちゃう……。
「せんせー、自己紹介じゃないんですかー?」
 ある男子が手を上げ、先生に質問をする。
「わかってないなー。他己紹介なら仲良くなれるし、よく覚えられるし、みんなのことも知れるし、一石三鳥ぉ!」
 先生は両手を広げて自慢げな顔をする。
「よーし、んじゃ、隣の人の紹介をそれぞれしてもらうー。今から時間取るから隣の人と喋り、相手のことを知りつくせー!」
 先生はタイマーで10分のカウントダウンを始める。私は隣の人を確認する。私の隣の人は……。
 光に当たり茶色に煌めく髪、その茶色と同じくらい綺麗な二重の目。透明感のある白い肌。男性の割に少し細めの、でも良いくらいに筋肉がついている体、私より10センチ近く高い身長――。
「えっーと、天崎(あまさき)さん? よろしくね」
 話しかけられ、ずっと見つめていたことに気づいた私は
、急いで目を逸らし返事をする。
「うん、こちらこそよろしく。……えーっと?」
 そう言いながら、私にはとある疑問が浮かんだ。
「どうして私の名前知ってるの?」 
 初めて会う、初めて同じクラスになった人の名前、しかもあまり目立つようなことをしていない私の名前をどうして知っているのだろう……?
「なんでって……。名札に書いてあるよ」
 そう言って自分の胸を指差した。その指先を目で追うと……。
東堂(とうどう)、くん?」
 彼――東堂くんの胸元に付いてある名字が書かれた名札を見ながら読む。そうだ、私もつけてるんだった……。
 そんなことに今さら気づき、その恥ずかしさから東堂くんから目をそらす。
「っぷ!」
 右隣の席の人、東堂くんを見ると、手を口に添えて笑っていた。手の隙間から見える口は大きく開かれ、その口からはあははという元気な、でも爽やかな笑い声が溢れていた。
「そ、そんな笑わなくても……!」
 笑われたことで恥ずかしさが増したが、それよりも東堂くんの笑いにつられ、私も一緒に笑った。
「じゃあ質問、質問。えぇーと、どんな質問したら良いんだろー?」
 確かに、質問と改めて言われると何をしたら良いかわからない。
「まぁ、いろいろ?」
 私はそんな曖昧な答えを返す。
 他己紹介なので、初めにペアに質問して紹介する内容を考える。その中でも仲良くなれるからメリットしかない方法ー! とか先生が言ってた。
 ということで、私たちは互いに質問しあう。はじめは東堂くんから。
「じゃーあー、誕生日はいつですか?」
「1月1日! 元日なんだよー」
「えっ、僕は12月31日。1年の終わりー」
「おぉ、1日違い!」
 つい私は、東堂くんと誕生日が一日違いという特別感に気分が上がってしまう。
「じゃあー好きな、色……? はなんですか!」
 次は私からの質問。すぐに思いつかなかったのでそんな簡単な質問になってしまった……。
「好きな色って小学生のやりとりじゃん!」
 東堂くんはそう言って笑った。
「だ、だって、いいのが思いつかなくて……!」
 東堂くんの言う通り、小学生並みの質問で、私は思わず
赤面してしまう。
「水色、かな。淡い感じの、きれいな感じの」
「ふぅーん。私はピンク系が好き! 桜色って感じのほうの」
 その後も質問を重ねていく。小さな質問だけど、東堂くんのことを少しずつしれているようでなんだか嬉しい。好きな食べ物、苦手な食べ物。好きな教科に最近の趣味。好きなゲームの話になった時は面白かった。なんと、私が好きなゲームが、東堂くんも好きなゲームで、キャラの推しまで同じだったのだ。そんな仲間を見つけて会話が楽しくないはずがない。一度その話になると先生が質問タイムを止めるまで、ずっとゲームの話をしていた。
 ついに他己紹介が始まった。席の右前の人から順番に、それぞれ相手のことを紹介していく。千遥は、永島(ながしま)くんという人とペアだった。2人は去年もクラスが同じだったようで、千遥からたまに永島くんの話をきいていた。千遥も永島くんも、楽しそうに話し、紹介し合っていた。
 他の人の紹介を聞いていると、あっという間に私たちの番。少し、緊張もしたけれど、東堂くんと二人だったから不安はなかった。
 私は、東堂くんと席を隣にしてくれた先生の好感度を100ほど上げておこうと思った。