春休み初日。僕は学校の屋上へ向かった。
 いつものように重いドアを開くと、淡い水色の空の下に、ハルの姿が見えた。
 フェンスの向こうを眺めているその後ろ姿は、いつもより薄く、儚い気がした。

「ハル!」

 僕の声にハルが振り返る。そして目を細めて笑った。

「来てくれたんですね? ユズ」
「来るって言ったろ?」
「でも春休みだし、本当に来るとは……」
「ハル」

 僕は今日も、ハルの体を抱きしめた。
 冷たくて、氷のようなその体を。
 ああ、やっぱりハルは――幽霊なんだ。
 でもこの感触を、ハルがここにいたという事実を、体で覚えておきたかったんだ。

「ハル……ハルが誰なのか、僕わかったよ」

 僕の声にハルがうなずく。

「ボクもわかりました。全部思い出したんです」

 ハルの体をそっと離す。
 僕を見つめて、ハルは優しく微笑む。

「自分のことも、家族のことも、なんで死んだのかも、どうしてここに来たのかも。全部思い出したんです」
「そっか……」

 僕は視線を足元に落とす。

「じゃあやっぱり……もうすぐいなくなっちゃうんだね?」
「はい。最後の心残りが……すっきりすればですけど」

 ハルの最後の心残り……。
 僕は顔を上げると、ハルの手を強く握りしめた。

「ハル、一緒に来て」
「え、どこにですか?」
「体育館。最後の心残りを、すっきりさせよう」