「あいつ、俺と同じ高校に通いたかったんだってさ。通えるはずなんてなかったんだけど、母親が制服を買ってくれて。それを病室に吊るして、窓から学校をいつも見てた。春になったら絶対、聖亜と一緒に高校通うって」

 目の奥が熱くなる。だけど泣くのは僕じゃない。
 僕は息を整えてから、聖亜に向かって言った。

「なのに聖亜は飛び降りようとしたの? 弟さんが見ているかもしれない、あの屋上から」
「まさか見られてたとは思わなかったんだよ」

 聖亜があきらめたようにふっと笑う。

「俺、ずっと自分が嫌いだった。でもたったひとり、弟だけは俺を必要としてくれて……でもその弟も、もうすぐいなくなる。そう思ったら、早く死にたいって、そればっかり考えてて……だってこんなクソ野郎、生きてる価値なんかないだろ?」
「そんなことない!」

 僕は思わず声を上げていた。

「聖亜はどうして自分を雑に扱うんだよ! もっと自分を大事にしなよ! 弟さんだって絶対そう思ってる。だから亡くなっても幽霊になって、学校に現れたんだろ? 聖亜に生きてほしくて……」

 こらえていたものが目からあふれ、それをぐいっと拭って叫ぶ。

「ハルにとって聖亜は、死んでも大事な人なんだよ!」

 息を吐く僕のことを、聖亜が見つめている。
 僕の目から涙があふれて、聖亜の目からも同じように涙がこぼれた。

「うるせー、クソユズ。えらそーに言うな」
「えらそーなのはどっちだよ。クソセイア!」
「はぁ? お前、もう一度言ってみろ。殴るぞ?」
「殴ってみろよ。泣き虫のくせに!」

 聖亜がこぶしを振り上げる。僕は走って逃げ出す。

「待てよ! ユズ!」
「待たない!」

 夜道を勢いよく走る。そのあとを、聖亜が追いかけてくる。
 そういえば小さいころ、よくこうやって追いかけっこしたっけ。
 足の遅い僕は、足の速い聖亜にすぐつかまって……。

「聖亜?」

 聖亜が追いついてこないことに気づき、ふと振り返る。
 薄暗い街灯の下、聖亜が立ち止まって僕を見ている。

「ユズ……」

 聖亜の声は、消えそうに儚い。

「悪かったな……」

 僕は黙って聖亜を見つめる。

「いままでいろいろ……ごめん。お前の母さんにも……ひどいことした」

 一歩足を踏み出し、聖亜に近寄る。聖亜はじっと僕を見ている。

「いいよ。許してやる」

 僕の声が暗闇に響く。

「その代わり聖亜に、やってほしいことがあるんだ」

 聖亜の目に僕が映る。

「ハルの、ために」

 きっとハルは、もうすぐ僕たちの前から消えてしまう。
 でもその前に、ハルに見せたいものがあるんだ。