「母親が出てったあと、父親も家に帰らなくなって……俺が頼れるのは、向かいの家に住んでいるクソみたいなやつだけだった」
「え? それ……僕のこと?」

 聖亜がもう一度僕をにらんでから続ける。

「なのにそいつは、俺以外のやつらと楽しそうに笑ってやがる。ムカつくからその連中を追い払ってやった。なのにそいつは、『どうしてそんなこと言うの?』『みんな友達なんだから仲よくしようよ』って、アホか。俺は友達なんて、クソユズ以外いらなかったのに……もうクソユズのことも信じられなくなった」

 僕は呆然と聖亜の横顔を見つめる。
 聖亜は少し頬を赤くして、声を荒げた。

「だから俺は、弟の病院に通うことにしたんだ。弟は俺が行くと喜んでくれて、俺のことを必要としてくれたからな!」

 そこで一度考え込んだあと、聖亜は想いを吐き出すように言う。

「でも俺が高校生になったころ、弟の病状が悪くなって……医者は余命一年とか、アホなこと言いやがった。俺、ふざけんなって思って……でももしかしたらとも思って……部活入るの辞めて、弟のそばに少しでも長くいようって思った」

 知らなかった。聖亜がそんな想いを抱えていたなんて。
 バスケを辞めたのも、そんな理由があったなんて。

「俺、弟と全然似てねーんだ。顔はもちろん、性格も」
「え……」
「弟とは血がつながってないから」

 聖亜が僕から目をそらす。

「俺が保育園のころ親父が再婚して、その再婚相手にも子どもがいた。だから俺たち兄弟になっただけ。でも弟は俺のこと、本当の兄みたいに慕ってくれてさ。俺とは違って、頭が良くて礼儀正しい、すごく……かわいいやつだったんだ」

 聖亜の声が、小さくなっていく。
 僕はごくんと唾を飲む。
 その先はもう、聞きたくなかった。でも、聞かなきゃいけないとも思った。

「その弟さんは……いま……」

 聖亜が深く息を吸う。そしてそれをゆっくり吐き出すと、僕に向かって言った。

「死んだよ、去年の春に。あの大学病院で」

 胸がぎゅっと痛くなる。汗ばんだ手を強く握りしめる。