――友達、なのかな?
祖母は確かに、りっちゃんのお友達と言っていたが、二匹の様子からはどうもそうとは思えない。最初こそ、猫がリツの脚に擦り寄って来たけれど、その後はそれほど仲良しには見えなかった。犬も猫も飼った経験がないから、よく分からない。
和樹の座っているベンチの隣に飛び乗った三毛猫は、首に嵌められている赤い首輪を鬱陶しそうに後ろ足で掻いた後、念入りに毛繕いをし始めた。ベンチのすぐ真下にいる犬の存在は完全にスルーして、風通しの良い日陰でマイペースに寛いでいるだけにしか見えない。
リツの方もまた、三毛猫を構おうともせず、ベンチの下で再び伏せってしまっていた。一応、耳は定期的に動かしているから、それなりに気にはしているみたいだが。
――仲は悪くはないみたいだけど……。
ここに来る途中の民家で、庭先の犬小屋で鎖に繋がれた番犬の前を通り過ぎた。いきなり吠え立てられたことが気に食わなかったのか、その時のリツは眉間に深い縦皺を刻んで、低い唸り声をあげていた。穏やかな性格の犬だと思っていたから、その変貌ぶりには正直言ってビビった。
それに比べたら、この猫とは良い関係を築いているのかもしれない。一旦は帰るつもりになったくせに、今はまたその場で伏せってしまっているのだから。きっと、まだ猫と一緒にここに居たいのだろう。遊んだりはしないくせに離れたくはないみたいだ。ちょっとじれったい関係性だ。
別に急ぐ用事もないしと、ベンチに腰掛けて社務所の砂壁に背を凭れかせ、和樹はぼーっと空を見上げる。いつの時代に植えられたのかも分からない、背の高い樹木の間から覗く空は真っ青で、もうすぐ夏が来ることを告げている。
風が吹くとザワザワと騒めく木々。遠くの方に微かに聞こえるのは国道を走る自動車の音だろうか。最寄り駅へも歩いて行ける距離のはずなのに、なんだかとても遠くに来てしまったと錯覚してしまう。
ほんの数時間前までは真っ暗な部屋で布団に潜り込みながら、スマホの小さな画面が映し出す動画を観て時間を潰していた。今は何だか全く別の次元にいるようだ。
デニムの後ろポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、表示されている時刻を見てビックリする。
「……え、まだ30分しか経ってない?!」
沙月に叩き起こされてから今までの時間が、動画一本分の長さにも満たないことが信じられない。もっと長い時間をリツと過ごしていた気分になっていた。
知らない道を通る緊張感だったり、老犬の歩く速度の遅さに苛立ったり、急に現れた三毛猫への驚きと好奇心。それがほんの数十分間に経験したことだったと気付いて、呆気に取られる。
時間の無駄。母親が口を酸っぱくして言ってくる言葉が、初めて身に染みた。
動画一本なんて観ていたら、あっという間に終わってしまう。続けて何本もダラダラと観て、気が付いたら外が明るくなっていることもある。一瞬に感じる時間は疲労感と虚しさだけを容赦なく残していく。いい加減にしないとダメだと分かっているつもりなのに、つい無意識にスマホを手に取ってしまう。どんなに注意されても、毎日それの繰り返しだった。
――自制できないなら、お父さんと同じだ……。
妻や子供の誕生日だろうと、誘われたらつい飲みに行ってしまう父。周りの雰囲気に流されて、終電を越えても飲み続けてしまうし、家庭があるのにクリスマスや大晦日でも平気で朝帰りすることもあった。場が白けるからと、家に電話を掛けることすらしない時も多かった。朝起きて、父親がまだ帰ってないと聞かされる子供の気持ちを考えたことはあったんだろうか?
確固たるマイルールが無く、その場のノリで行動する大人には和樹はなりたくないと思ってた。
だけど、今の自分にとってのネットは、父のアルコールと同じだということに気付く。どちらも娯楽や気晴らしには良いけれど、ルール無用で依存し続けていれば、何かを大きく犠牲にする。
右手に握りしめていたスマホを持ち直し、和樹は迷いなく操作し始める。いつも使っている動画アプリを立ち上げると、マイページを開いてから一番下の項目をタップする。――アカウント削除。
即効表示された「アカウントを削除します。本当によろしいですか?」という確認ボタンには一瞬だけ躊躇ってしまったが、気合いを入れ直すよう首を横に振る。そして、「削除する」を選んだ。
同じような操作をいくつかのアプリで繰り返すと、仕上げにアプリ自体も消していく。一気にホーム画面がすっきりした。知らずに溜まっていたうっ憤も一緒に消し去れた気がして、なんだか清々しい気分だ。
「リツ、そろそろ帰ろうか」
ベンチから立ち上がると、和樹は黒柴のリードを優しく促すように引く。仕方ないなとのっそり起き上がったリツは、小さく伸びをしてから歩き始める。緩やかな坂道を少年と黒犬は横に並んで降りていく。その後ろ姿を、三毛猫は欠伸を漏らしながら静かに眺めていた。
祖母は確かに、りっちゃんのお友達と言っていたが、二匹の様子からはどうもそうとは思えない。最初こそ、猫がリツの脚に擦り寄って来たけれど、その後はそれほど仲良しには見えなかった。犬も猫も飼った経験がないから、よく分からない。
和樹の座っているベンチの隣に飛び乗った三毛猫は、首に嵌められている赤い首輪を鬱陶しそうに後ろ足で掻いた後、念入りに毛繕いをし始めた。ベンチのすぐ真下にいる犬の存在は完全にスルーして、風通しの良い日陰でマイペースに寛いでいるだけにしか見えない。
リツの方もまた、三毛猫を構おうともせず、ベンチの下で再び伏せってしまっていた。一応、耳は定期的に動かしているから、それなりに気にはしているみたいだが。
――仲は悪くはないみたいだけど……。
ここに来る途中の民家で、庭先の犬小屋で鎖に繋がれた番犬の前を通り過ぎた。いきなり吠え立てられたことが気に食わなかったのか、その時のリツは眉間に深い縦皺を刻んで、低い唸り声をあげていた。穏やかな性格の犬だと思っていたから、その変貌ぶりには正直言ってビビった。
それに比べたら、この猫とは良い関係を築いているのかもしれない。一旦は帰るつもりになったくせに、今はまたその場で伏せってしまっているのだから。きっと、まだ猫と一緒にここに居たいのだろう。遊んだりはしないくせに離れたくはないみたいだ。ちょっとじれったい関係性だ。
別に急ぐ用事もないしと、ベンチに腰掛けて社務所の砂壁に背を凭れかせ、和樹はぼーっと空を見上げる。いつの時代に植えられたのかも分からない、背の高い樹木の間から覗く空は真っ青で、もうすぐ夏が来ることを告げている。
風が吹くとザワザワと騒めく木々。遠くの方に微かに聞こえるのは国道を走る自動車の音だろうか。最寄り駅へも歩いて行ける距離のはずなのに、なんだかとても遠くに来てしまったと錯覚してしまう。
ほんの数時間前までは真っ暗な部屋で布団に潜り込みながら、スマホの小さな画面が映し出す動画を観て時間を潰していた。今は何だか全く別の次元にいるようだ。
デニムの後ろポケットに突っ込んでいたスマホを取り出し、表示されている時刻を見てビックリする。
「……え、まだ30分しか経ってない?!」
沙月に叩き起こされてから今までの時間が、動画一本分の長さにも満たないことが信じられない。もっと長い時間をリツと過ごしていた気分になっていた。
知らない道を通る緊張感だったり、老犬の歩く速度の遅さに苛立ったり、急に現れた三毛猫への驚きと好奇心。それがほんの数十分間に経験したことだったと気付いて、呆気に取られる。
時間の無駄。母親が口を酸っぱくして言ってくる言葉が、初めて身に染みた。
動画一本なんて観ていたら、あっという間に終わってしまう。続けて何本もダラダラと観て、気が付いたら外が明るくなっていることもある。一瞬に感じる時間は疲労感と虚しさだけを容赦なく残していく。いい加減にしないとダメだと分かっているつもりなのに、つい無意識にスマホを手に取ってしまう。どんなに注意されても、毎日それの繰り返しだった。
――自制できないなら、お父さんと同じだ……。
妻や子供の誕生日だろうと、誘われたらつい飲みに行ってしまう父。周りの雰囲気に流されて、終電を越えても飲み続けてしまうし、家庭があるのにクリスマスや大晦日でも平気で朝帰りすることもあった。場が白けるからと、家に電話を掛けることすらしない時も多かった。朝起きて、父親がまだ帰ってないと聞かされる子供の気持ちを考えたことはあったんだろうか?
確固たるマイルールが無く、その場のノリで行動する大人には和樹はなりたくないと思ってた。
だけど、今の自分にとってのネットは、父のアルコールと同じだということに気付く。どちらも娯楽や気晴らしには良いけれど、ルール無用で依存し続けていれば、何かを大きく犠牲にする。
右手に握りしめていたスマホを持ち直し、和樹は迷いなく操作し始める。いつも使っている動画アプリを立ち上げると、マイページを開いてから一番下の項目をタップする。――アカウント削除。
即効表示された「アカウントを削除します。本当によろしいですか?」という確認ボタンには一瞬だけ躊躇ってしまったが、気合いを入れ直すよう首を横に振る。そして、「削除する」を選んだ。
同じような操作をいくつかのアプリで繰り返すと、仕上げにアプリ自体も消していく。一気にホーム画面がすっきりした。知らずに溜まっていたうっ憤も一緒に消し去れた気がして、なんだか清々しい気分だ。
「リツ、そろそろ帰ろうか」
ベンチから立ち上がると、和樹は黒柴のリードを優しく促すように引く。仕方ないなとのっそり起き上がったリツは、小さく伸びをしてから歩き始める。緩やかな坂道を少年と黒犬は横に並んで降りていく。その後ろ姿を、三毛猫は欠伸を漏らしながら静かに眺めていた。